香港映画との出会い
香港映画との出会い
誰でも香港映画にハマってしまった作品があると思う。僕はその作品に出会うまで見た映画といえば、親に連れて行ってもらった
「東映まんがまつり」「ET」「子猫物語」「南極物語」だけであった。小学6年のある土曜日、「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」
を見終わり、風呂に入った後、なにげにチャンネルを回した途端、山に建てられたバラック村を車で突っ込むシーンに出くわすのであった。
そのシーンで「なんてなこと・・・!!」とかなりの鳥肌と衝撃を受けてしまった僕は、当時ビデオデッキはまだ高価だったため、すぐにラジカセを持ってきて、テレビの
スピーカーにマイクをあて録音し、目まぐるしく変化するアクションシーンの音と石丸さんの声を収録したのだった。(いまだに
その録音したテープ持ってます(笑))そう、その作品とはジャッキー・チェン主演の「香港国際警察」である。
その頃、学校のクラスでクリスマス会の予定があった為、この「香港国際警察」と当時これまた再放送でハマっていた「西部警察」を合体
させた演劇を作ろうと脚本、監督をし、稽古に励んだこともあった。(←しかし結局、クリスマス会でサッカーをやりたいなどと
ほざいた奴のせいで、この演劇は幻となってしまう。)(ちなみにそれまでに今では当時のクラスメイトでは伝説となっているあろう
3作品の脚本、監督をし、爆笑の渦にさせた。)
「香港国際警察」でジャッキー・チェンの存在を知った僕は、初めて一人で緊張しながらも東京上野の映画館に行き、「サイクロンZ」
を見て、ベニー・ユキーデとジャッキーのバトルに大興奮し、その後関西に引っ越した後も、「九龍の眼」など“ジャッキー作品は
必ず映画館で”と勝手に決め、見まくるのであった。
この頃には親にお願いしまくってビデオデッキを購入し、学校が終われば、
自転車でレンタル店に行き、ジャッキーの過去の作品、ジャッキーから波及してサモ・ハン、ユン・ピョウ作品、「プロテクター」で
共演したムーン・リーの「天使行動」などを見て、どんどん香港映画の虜になっていった。
ジャッキー作品をレンタルしていた時にこのジャンルだけは手をださないと決め付けていたモノがあった。パッケージを
見るとヤクザもので血みどろのシーンが写っていた為、心理的に拒否反応が起きていたのだろう。しかし、ジャッキー関連の
作品を見まくってしまい、「ちょっと借りてみるか。」と何気にレンタルした作品が香港映画へのドハマりを決定づけてしまう。
その作品とはチョウ・ユンファ主演の「愛と復讐の挽歌」である。「あれ?「男たちの挽歌」じゃないの?」と思った人が
いるかもしれないが、「男たちの挽歌」シリーズとの出会いはほんのちょっと後なのである。「愛と復讐の挽歌」のラスト、
ユンファとアンディ・ラウがランチャーで爆弾を敵のアジトをぶっ放したシーンの衝撃はすごかった。あのシーンは今でも
時々見てしまうし、友人とも語り草になってその度に鳥肌がたってしまう。
で、この作品でチョウ・ユンファを知った僕はこの作品を返却した日に、新作で発売されていた「男たちの挽歌U」を借り、
「ユンファ、バーリクソかっこいい!!」(注:バリクソは当時の口癖で、“むっちゃくちゃ”という意味である。)、
と触手を動かされ、そのビデオの新作映画予告編で「狼 男たちの挽歌最終章」の存在を知る。新聞の映画欄で、上映されているのを
知り、友人に「絶対すごいから行こ!」とムリヤリ連れて、神戸の“西灘劇場”という小さな劇場に「続西太后」と同時上映で
見に行くのだった。この時に購入したパンフレットは今ではかなりのレア物になっているはず。ビデオが発売されるのが待ち遠しくて、
別の友人をこれまたムリヤリ連れて大阪布施の“フセ東劇2”まで行き、「暗殺の報酬」なるつまらなすぎる作品と共に
再び見てしまうのであった。この別の友人は僕の洗脳により完全にユンファファンになり(笑)、一番のお気に入りは
「男たちの挽歌U」なのである。
この頃から、ユンファの躍進がはじまり、古装片ブームでリンチェイの復活、チャウ・シンチーの台頭など、今考えれば、一番
香港映画が楽しく、アツかった時期だったと思う。その時期に香港映画に出会ったのではなく、すでにハマっていたことができて
ほんとよかったと思う。
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