香港電影の歴史 中編

80年代に入り、若い映画人が活躍するようになってくる。

カール・マッカ(麥嘉)ディーン・セキ(石天)レイモンド・ウォン(黄百鳴)らが中心となり、シネマシティ社が設立された。シネマシティ社はカンフーモノはいっさい作らないと宣言し、現代物中心に数多くの傑作を作り出した。シネマシティ社の最初の大ヒット作は、エリック・ツァン(曾志偉)監督、サミュエル・ホイ(許冠傑)、カール・マッカ(麥嘉)、シルヴィア・チャン(張艾嘉)主演の「悪漢探偵」。ジャッキー・チェンが「ヤングマスター」で出した1100万香港ドルの興収記録を破り、2600万香港ドルをあげた。「悪漢探偵」はシリーズ化され、「悪漢探偵2」(エリック・ツァン監督)、「皇帝密使」(ツイ・ハーク監督)、「スペクターX」(リンゴ・ラム監督)、「悪漢探偵5」(ラウ・カーリョン監督)と続いた。

84年には新たに徳寶電影公司(D&Bフィルム)が設立された。この会社からはチョウ・ユンファ(周潤發)主演の傑作「風の輝く朝に」、「誰かがあなたを愛してる」などが作られる。会長のディクソン・プーンの元夫人は「007 トゥモローネヴァーダイ」に出演したミシェール・ヨー(楊紫瓊)

この時期、TV局出身の映像作家や海外で映像技術を学んだ人たちが香港映画界で大きな力をつけてきた。ツイ・ハーク(徐克)もその中の一人である。「ミッドナイト・エンジェル」「蜀山奇傳 天空の剣」などを監督、84年に電影工作室(フィルムワークショップ)を設立し、「上海ブルース」、「チャイニーズファーストラブストーリー」、「北京オペラブルース」などを製作し、ツイ・ハークは香港映画界をリードする存在となっていく。

80年代活躍したと言えば、サモ・ハン、ジャッキー、ユン・ピョウの3人だ。サモ・ハンが特に幅広い活躍を見せる。サモ・ハンホラー3部作と呼ばれる「鬼打鬼」「人嚇人」「人嚇鬼」を製作、そして85年に「霊幻道士」をプロデュースし、大キョンシーブームを巻き起こす。

3人の息がぴったりあい作られたのが、傑作「プロジェクトA」である。ジャッキーの死んでもおかしくない時計台でのアクションが話題を呼び、日本でも大ヒット。これをきっかけにしばらく3人共演作が多く作られるようになる。スペインロケをした「スパルタンX」、サモ・ハンが監督した「五福星」「大福星」「七福星」など。特に「大福星」は日本ロケが行われ、香港での日本ブームもあり、3000万香港ドルという興収記録を打ち立てるヒット作となった。

サモ・ハンとユン・ピョウはその後、オールスタ−キャストで話題を呼んだ「上海エクスプレス」「イースタン・コンドル」を作る。ジャッキーは、それまでの香港映画では考えられない巨額な、そして長期の製作期間をかけた「香港国際警察」「サンダーアーム」「プロジェクトA2」といったアクション大作に力を注いだ。

80年代後半に入り、「男たちの挽歌」でスターの座についたチョウ・ユンファ(周潤發)の出演作が急増する。87年には「友は風の彼方に」、「愛と復讐の挽歌」、「復讐は夢から始まる」、「香港極道 狼仁義」、「愛と復讐の挽歌 野望編」、「男たちのバッカ野郎」、「マカオ極道ブルース」、「ファントム・ブライド」、「誰かがあなたを愛してる」、「プリズン・オン・ファイアー」「男たちの挽歌2」と、11本もの作品に出演した。このうち、6本が87年の興行収入ベストテンに入った。

この年、ジョイ・ウォン(王祖賢)もまた「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」のヒットで人気が急上昇し、出演作が増えるようになる。しかし、やたら似たような作品の出演が多い。

ウォン・カーワイ、スタンリー・クワンなどが台頭してきて、質の高い文芸作品が多く作られるようになったのもこのころである。ウォン・カーワイの「いますぐ抱きしめたい」、スタンリー・クワンの「ルージュ」、クララ・ローの「あの愛をもう一度」、ジェイコブ・チョンの「チャイナ・フィナーレ」などがそれである。

88年、ジャッキーは「サイクロンZ」「九龍の眼」、ユンファは「僕たちは天使じゃない」、「大丈夫日記」に出演する。ちなみにこの年の興行収入ベスト3は、1位「僕たちは天使じゃない」、2位「九龍の眼」、3位「サイクロンZ」である。大爆笑コメディ「大丈夫日記」は12位だった。

89年はチョウ・ユンファ(周潤發)の年といってもいい。この年の興行収入ベスト10のうち、1位「ゴッド・ギャンブラー」、4位「過ぎゆく時の中で」、7位「アゲイン 男たちの挽歌3」、8位「狼 男たちの挽歌最終章」と4本もの作品がランクされ、ユンファは「過ぎゆく時の中で」で香港電影金像奨主演男優奨を受賞した。

この年は「孔雀王」が日本−香港合作で作られた年。日本でも人気だったグロリア・イップ、なつかしーなー。「スクリーン」か「ロードショー」の付録についてたグロリア・イップの写真集、いまだに持ってる。(笑)

次回はチャウ・シンチー(周星馳)の人気が爆発する90年からです!

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