2003年12月25日・木曜日・晴・13℃ |
記憶 |
* |
行き当たりばったりで決めた映画は木更津キャッツアイだった。(彼が好きなのだ。) |
過去に彼と映画を観に行ったときの、 |
あの(彼側の)身体半分が別ものであるかのような高潮や緊張感は殆どなかった。 |
諦めの境地で挑んだ日だったからか。 |
それとも最早、感覚さえも麻痺していたのだろうか。 |
21時を過ぎて映画が終わり、御飯を食べに行った。 |
全室個室の居酒屋へ向かった。(少しでも話しやすいように。) |
ソフトドリンクを飲みながら話そうと思っていたのに、 |
1杯目のウーロン茶ではどうでもいい話ばかりしてしまった。 |
映画の笑えたシーンを述べ合ったり、 |
彼は彼で「どうすれば妖精になれるかこないだ聞いたんですけどね、」とか、 |
いつも通りのテンションで話をした。 |
彼との会話はどんな些細なものであっても私を堪らなく幸せな気持ちにさせる。 |
やっぱりこんなに楽しくて幸せな気持ちにしてくれるのは彼だけだ、 |
なんてセンチメンタルなこと思ったりしてさ。 |
ああ、でも早くあの話を切り出さないと、と思い2杯目はビールを頼んでしまった。 |
けれど、やっぱり酔って話すとかいやだいやだいやだと思って、 |
一口飲んで、「ヘビー級の話してよい?」と切り出した。 |
「まだ好きという気持ちが消えない。一年前からずっと消えなかった。」 |
ビールのグラスを見ながらそう言った。 |
彼の気持ちは大体全部わかっていた。 |
彼はどうしても私を恋愛対象とは思えないということも |
彼の方から私を突き放しはしないということも |
私が決意をしなければこのままずっとぬるま湯(だけど辛い日々)が続くことも |
全部、ちゃんとわかっていた。 |
わかっていたからこそ、この先会わないということを選ぶしか術がなかった。 |
ほんとうにもう限界だった。 |
嫉妬心や不安感や猜疑心ばかり。 |
笑ったり冗談を言ったりしながらも、 |
心の中はコールタールだった。 |
いつも黒くてどろりとしたものが私の心に纏わりついていた。 |
だから、彼から吐き出された台詞は予想していた通りのもので、 |
こころが痛んだけれど、 |
崖から突き落とされたような、鈍器で後頭部を殴られたような、 |
そういった痛みではなかった。 |
「自分の気持ちが完璧にないと付き合えない」というような彼だったから |
私は好きになったのだと思う。 |
自分のこころを偽れない人。 |
とりあえずキープ、等という考えは毛頭ない。 |
そういう人だったから好きだったのだ。 |
本音を言えばキープでもセカンドでも都合の良い女でもなんでもよかった。 |
彼の側にいれるならなんでもよかった。 |
けれど、私の気持ちを知った以上、決してそんな選択肢は選ばない人だ。 |
だから、ちゃんと私に対しても最大限誠実に接してくれたと思う。思いたい。 |
自分の気持ちを吐き出してからは背中に羽が生えたかのように、 |
ふわふわと素直な気持ちで、 |
今までの些細な喧嘩や出来事についてどう思っていたかということを |
包み隠さず話せた。 |
目から涙が零れ落ちそうになったけれど、溢れ出す寸前で食い止めた。 |
今日は、彼の前では涙は見せない、と決めていたから、歯を食いしばって耐えた。 |
それは強がりだとかそういうのじゃなく、 |
ただ彼と冷静に正直に話をしたかったから。 |
悲劇のヒロインぶった涙というのは同情をさそっても、 |
決してそれが功を奏することはないように思う。 |
女の涙なんかで、気持ちがたちまち崩れてしまうような男の人なんて |
私はきっと好きにならない。 |
彼は涙なんかで簡単に女に同情してしまうような男ではない。 |
どうしようもないところもたくさんあって、 |
信じられないくらい鈍感だけど、 |
自分のこころには正直で真っ直ぐな人なのだ。私が目を逸らしたくなるくらいに。 |
* |
ゲームセンターでシューティングをして、2軒目は小さな居酒屋で飲んだ。 |
昔話のような話をした。 |
そうそうああいうことあったよね、と。共通の友人の話を出し合って |
あの時はウケただとか、あいつはすごい男だとかそういう話を。 |
3軒目、バーで飲んだときには |
私の性格のよくない点(自分でも重々承知の)をずばりと指摘されて、 |
ああ、彼はほんとうに私のことをわかっているなあ、と思った。 |
今までの男友達にそのことについて指摘された記憶はない。 |
だから、その指摘は痛みだったのに少し嬉しかった。 |
彼の誰にも言っていないという恋の話を聞いた。 |
9月に告白(彼の人生において初めて)したけれど、 |
うまくいかなかったらしい。 |
でもたまには会ったりしているらしいので、 |
ちゃんとがんばればまだ可能性はいっぱい残っているよ、と励ました。 |
4軒目はカラオケボックス。 |
ここまで(そしてカラオケでも)ずっと飲みつづけているのに |
ぜんぜん酔えなかった。 |
始発まであと●時間と、心ん中が勝手にカウントしはじめる。 |
歌える曲ばかり選んでいたら、恋愛ものばかりになってしまい、 |
何度も目の前が涙の海になった。 |
でも耐える。その繰り返し。 |
彼はとうとう酔いがピークに達してしまい、 |
「ちょっと寝かせて。」と言い、横たわる。 |
ひとりになって、立て続けに歌をうたった。 |
aikoのえりあし、というのを歌ったら、途中で歌えなくなるくらい胸が詰まった。 |
涙の海が丸い粒になり頬に次々落ちてきた。慌てて拭った。 |
彼は目を閉じて横になったままだ。 |
プルルルと電話が鳴る。 |
カラオケ2時間終了の知らせを受け、彼を起こした。 |
駅に向かうまでの道で、彼は缶珈琲を買うと言ってたのに、 |
自販機から出てきたのはおしるこだった。 |
「ばかやな。」と笑いながら私も続けて珈琲買ったら、 |
コールドのが出てきた。ホットが飲みたかったのに。 |
「げ間違えた…。」と言うと、「ばかやなー。」と笑われた。 |
「見てたなら注意してよ!」 |
「そんなんしらんわ。」と笑いながら彼は言う。 |
「冷たいのはありえん。」という私と「おしるこはありえん。」という彼とで |
意見が合致したので交換した。 |
最後だなんてどうしても思えなかった。 |
彼との些細で下らなくてでも幸せな日常が終わりを告げるなんて |
とても想像できなかった。 |
駅まで着かなければいいと思った。 |
ドラマの主人公みたいなこと考えて馬鹿みたいとも思った。 |
それなのに、目の中にはみるみる涙の海が広がっていた。 |
彼に気付かれないよう遠くの風景ばかりを見ながら |
ぽつりぽつり話をした。 |
* |
駅に着いたら彼の始発まで20分あった。 |
大きなデジタル時計の見える位置に並んで腰を下ろす。 |
「…いろいろありがとう。」と彼に言われた。 |
「M(私の名)は俺にいろんな影響を与えてくれた。」とも。 |
私は胸が詰まってうまく返事ができなかった。 |
あと数分で全てが終わってしまう。 |
彼が思い出という形でしか残らないことが |
この先の未来を一緒に見ることができないことが |
もう二度と会えないことが |
どうしても信じられなかった。 |
「こんな別れを経験するのはじめて。」 |
「俺も。」 |
「ぜんぜんリアルに感じれん。」 |
「私も、これが最後だなんて信じられへん。」 |
ぽつりぽつりとそういうようなことを話した。 |
「これあげる。」と言ってプレゼントを渡した。 |
「漫画入ってるから、帰り暇やったら読んだらいいかも。 |
あと、詩のような文章のようなのも入ってるけど。 |
気持ち悪いこと書いたかもしれんけど。」と俯きながら言った。 |
私はどうしても、 |
「あなたのことを思い浮かべながら書いたから、読んでね。」 |
とか言えない。(自分で自分を気持ち悪いとか思う。) |
今日は今までとは比にならないくらい本音をぶちまけたけれど、 |
それでも、甘ったるいことは吐けなかったような気がする。 |
でも、詩や文章にそれを託した。この頁に書いているようなことを書き連ねた。 |
だからたぶん、これが私にできる最大限の気持ちの伝え方だったのだと思う。 |
* |
時間になりすっくりと彼が立ちあがる。 |
その瞬間、あの、鈍器で後頭部を殴られたかのような痛みが全身を駆け巡った。 |
改札を抜け、バイバイとだけ言った。 |
うん、と彼が答える。 |
すぐに階段を真っ直ぐに駆け上がった。振り返り等しなかった。 |
そうして、停車していた電車に乗り込んでマフラーを目の下まで引き上げる。 |
携帯を握り締め、彼のメモリーと保存していた彼のメールを全て消した。 |
ずっと消せなかった保護したメール。 |
それはもうほんとうに些細なもので |
あの漫画が面白かっただとか、 |
警察に補導されかけただとか、 |
遊ぶ約束だとか、 |
喧嘩したあとの私の謝罪に対する返事だとか。 |
ずっと押せなかったボタンを3回押すと |
呆気なく27件のメールは消え失せた。 |
ずっと胸の中の痛みは消えない。 |
今まで生きているのがつらいつらいと吐いてばかりいたけれど、 |
こんなにもつらいことがまだこの世にあったのかと思った。 |
電車の中で俯いたまま涙が止まらなかった。 |
地元のホームに降り立ち、足早に駐輪場へ向かう。 |
まだ薄暗い道を自転車で走りながら声を出して泣いた。 |
家に帰っても号泣が収まらず、 |
静かな部屋に嗚咽だけが響き渡った。 |
こんな絶望感ははじめてだった。 |
こんなに誰かを好きになったのも |
はじめてだった。 |
* |
さよなら |