小さな記憶は尽きない。
あいつとふたりきりで過ごしたことは何十回とあるけれど、
あいつとふたりきりでどこかへ出掛けたというのはたった2回しかない。
1回は京都でもう1回は大阪だった。
京都へは写真を撮るという目的だけで、
目的地なく出掛けた。
目的地などなく、
かといってわたしもあいつも京都に詳しいわけではなかったから、
歩いて歩いて歩き回った。足がくたくたになるほどだった。
しんどいだとか疲れただとか、私が何度か言うと
しんどいと思っててもそれを口に出されるのは不愉快。
というようなことを言われ、大いに凹んだ。
それからの時間はますます足がくたくただったけれど
あいつが休もうというまでその言葉をうっかり口に出さぬよう
ただただ注意しながら歩いた。
雨が降ったりやんだりするような天気だった。
ずっとあいつの斜め後ろを歩いていたように思う。
好きな子相手なら、ああいう言葉は言わないのだろうな
等と考えながらとても惨めな気持ちでいた。
京都の街をあてもなく歩いた記憶。
足がくたくたの記憶。
雨の記憶。
あいつの赤いダウンジャケットの記憶。
夕飯の焼肉の記憶。
別れ際にアイスを買ってくれた記憶。
たくさんある中でも、
「しんどいと思っててもそれを口に出されるのは不愉快だ。」
という記憶がとても大きくて、
私は今でも、あいつ相手じゃなくても、
しんどいという言葉は思っていても言わなくなった。
優しい男の人に「つかれた?」等と聞かれたこともある。
疲れていても、「ううん、平気。」と私は答える。
私はいろんなことであいつに雁字搦めになっている。
もう今更遅いのに、そんなこと、十分わかっているのに
あいつが嫌だといった行為はしなくなっている。
終