2003年8月


8月2日

平面いぬ
平面いぬ。


著者:乙一
出版社:集英社(集英社文庫)
発行:2003年6月25日
イラスト:浅井隆広
装丁:藤井康生

「暗黒童話」がわりと気に入ったので、乙一(おついちと読みます)二冊目です。
どれも寓話的要素をもった独特の雰囲気で綴られる短編集。なかなかいいです。
はったりにせよスーパーナチュラルな要素に理由付けのない話、というのは好みではないので、そういう話ばかりの乙一は本来ハカタ視野に入ってこないはずです。
しかし、乙一の場合、魅力はそういうところよりも、なんというか肌触りがリアルというのか、いや話のリアリティは端からないのですが、どうにも不条理な世界に接した人たちの、その不条理の受け入れ方が優しいとでもいうのか、リアルであるべき人間たち自体がすでにファンタジックな膜に包まれているような感じなのです。
わからないですか? うーん、説明しづらいです。すみません。
ベストは表題作「平面いぬ。」で。


8月2日

赤い鳥は館に帰る
赤い鳥は館に帰る


著者:有栖川有栖
出版社:講談社
発行:2003年4月10日
装丁:大路浩実

有栖川有栖のエッセイ集です。
いろんなところで書いたものを集めているのですが、やや異彩を放っているのが、産経新聞で連載していたらしい紙面批評。いろんな時事ネタをまじめに語っています。
なんだか「批評してやるぞ!」というような気負いが見えてちょっと文章が固いですね。
おもしろかったのが、讀賣新聞の夕刊に二週間ほど連載したコラム。これはやられました。おもしろいので読んでみてください。これはリアルタイムで読みたかったな。
あ、ジュンク堂大阪本店がオープンしたときのレポートもあります。あの地獄の状況の中、来てたんですね。


8月2日

ミステリアス学園
ミステリアス学園


著者:鯨統一郎
出版社:光文社(カッパノベルス)
発行:2003年3月25日
装丁:泉沢光雄

鯨統一郎ははじめて読みます。実は。
大学のミステリ研を舞台に、日本のミステリ史を読者にレクチャーしつつ、さまざまな事件が起こる連作短編集。
ミステリ研のメンバーが書いた、実際のメンバーが事件を推理する、という体裁の短編で、常に前の作品を作中作として取り込んでいく、マトリョーシカ人形のようなメタ構造となっていて、そこは少しおもろいです。
ただ、そのあたりのメタ的なところをより強調するためかもしれませんが、事件とその解決自体は、特に独創性も意外性もありません。
巻末についてる「本格ミステリ度マップ」が興味深いですね。


8月6日

シネマ坊主
シネマ坊主


著者:松本人志
出版社:日経BP社
発行:2002年2月5日
装丁:新井千佳子

なんとなく図書館で借りました。
まあまあおもしろかったです。
自分と意見の違うところは多々ありますが(当たり前か)、しかし納得できる意見が多く、やはり一つのジャンルを極めんといている人の言うことは、他ジャンルに対してでも説得力あります。
おもしろいのは、自分が見た環境を評価の要素に加えているところ。家でビデオ見てたら8点やけど、映画館で1800円払ったから辛めに6点、とか。
これまた非常に納得できる点で、明らかに環境、というのは映画の感想に干渉してきます。
続きが出たらまた読みましょう。


8月6日

切腹
切腹 日本人の責任の取り方


著者:山本博文
出版社:光文社(光文社新書)
発行:2003年5月20日
装丁:アラン・チャン

興味深い本ではあったけど、あまりおもしろくはなかったです。
事例の紹介の羅列にとどまっている感じで、突っ込んだ考察が少なかったような気がします。
あまり書くことないですね。以上です。


8月6日

放送禁止歌
放送禁止歌


著者:森達也
出版社:光文社(知恵の森文庫)
発行:2003年6月15日
装丁:多田和博

でました。現時点での今年のノンフィクションベスト!
著者はオウム教団のその後を追ったドキュメント映画「A」「A2」の監督で、その顛末を綴った「A」もなかなかの名著であった。
これは、著者事実上のデビュー作であり、岡林信康「手紙」、なぎら健壱「悲惨な戦い」などの往年の名曲が、なぜ現在放送禁止とされているのか、その実態を克明に追い、その主体がどこにあるのかを追求していく。
そこで衝撃的な事実が判明する。「放送禁止歌」など存在しない、という事実が。
誰が抗議したわけでもない、誰が禁止にしたわけではない、マスコミの事なかれ主義と横並び思想が、この妖怪を生み出してしまったのだ。
そして、これを生み出したその主体は、紛うことなく我々なのだ。
著者は、決して諦めず、思考停止はせずに、さらに部落差別問題まで追及していく。
文庫版あとがきの締めくくりが涙を誘わずにおれない。


8月13日

姑獲鳥の夏
文庫版 姑獲鳥の夏


著者:京極夏彦
出版社:講談社(講談社文庫)
発行:1998年9月15日
装丁:FISCO
妖怪製作:荒井良

いよいよシリーズ最新作「陰摩羅鬼の瑕」の発売が近づいていたある日、実家に帰ってなにげなく手にとったら止まらなくなりました。
というわけで、復習の意味もこめて再読。いや、三回目なので再再読。
いや、これはもうホントにおもしろいなあ。
自分の読書人生を振り返るに、京極夏彦の登場は、あきらかに一つの転機点となっています。
本格ミステリのトリックが行き詰まり、つかえた天井で足掻いて、すでに使われたものを「どう装飾するか」で横に流れ出した感のあるこの当時、ここまで思い切って過剰な意匠を身に纏ったこの作品はまさに時代が生んだ「異形」でしたね。
量子力学や民俗学、ブレインサイエンスなどの膨大な薀蓄、そしてそれがムダ話ではなく、完璧に内容にリンクしている構成の巧みさ、謎を妖怪に仮託してそれを「祓い落とす」ことにより事件を収束させるというアイデア、立ちまくりのキャラ設定、おもしろくない要素など一つたりともない、凄まじい作品です。
んーシリーズ全部再読の野望に火がついてしまったぞ。


8月13日

陰摩羅鬼の瑕
陰摩羅鬼の瑕


著者:京極夏彦
出版社:講談社(講談社ノベルス)
発行:2003年8月8日
装丁:辰巳四郎

さあ、ようやく読み終わりました。
京極堂シリーズ、五年ぶりの長編。二段組約七百五十頁。
前作で、宿命の敵みたいのが現れて、かなり行きつくとこまで行ってしまった感があって今後どうなることかと思ったのですが、原点回帰とでもいうのか、かなりこじんまりしたお話になってます。
舞台は長野の奥深く、旧伯爵家が住まう「鳥屋敷」。
数百の鳥の剥製に彩られたその館で起こる、花嫁連続殺人事件。
その家の当主・由良昴允は、婚姻すると、必ず翌朝花嫁が殺害されるという。
二十三年前を皮切りに、過去四度。
そして五度目の婚姻の日、護衛として呼ばれたのが――探偵・榎木津礼次郎。付き添いとして作家・関口巽。
偶然絡んでくる刑事・木場修太郎。必然としてやはり絡む憑物落とし・京極堂。
作品を貫くテーマは「儒教」。
結果として、むーー、このシリーズとしては今ひとつでしたね。
充分にキャラ立ちしてるし、儒教の死生観や葬儀の薀蓄なども楽しいし、メイントリックもまた相当に口アングリで(「殺人事件」という常識を根本から覆す!)、そういう意味ではおもしろかったのですが、なんというか、どうも盛り上がらなかったな。
この話でこの長さはやはり長すぎたんじゃないかな。
なんだかこのシリーズは長くなくちゃいかん、みたいな考えで、無理やり長くしたようにも見えます。
それにしても関口君、数々の事件に関わって、もうボロボロになってしまってて見ててかわいそう(笑)。
絶対、作者はわざと虐めてるで、これ。


8月31日

ブックオフの真実
ブックオフの真実


著者:村野まさよし
出版社:日経BP社
発行:2003年3月3日
装丁:日下充典

書店業界からの猛反発を受けながらも急成長したブックオフ。
その思想を探るべく社長に突撃インタビューした本。
うーん、なんなんだろこの村野まさよしという著者?
しゃしゃり出かたが不愉快というか、インタビューならもっと自分を殺すか、あるいは思い切って個性をぶつけたほうがおもしろいのだが、中途半端。
第一部ではブックオフ社長がその経営方針を参考にしたというマツモトキヨシの社長に、インタビュアーをさせて、第二部では自分がインタビュアーとなる、という構成だが、まったくその意図が不明。
第一部と第二部で、呆れるくらい同じ問いと答えが続くシーンがあって、まともに校正したのかも疑わしい。
というわけで、おもしろくありませんでした。
あ、ブックオフの社長の思想はいいと思います。明らかに今の書店業界のほうが頭古いよ。


8月31日

繋がれた明日
繋がれた明日


著者:真保裕一
出版社:朝日新聞社
発行:2003年5月30日
装丁:多田和博

く、暗い・・・。なんという暗いオハナシだ。
ひょんなことから人を殺めてしまった青年が、仮釈放後、世間の荒波にもまれる、というまあそれだけの話だが、とにかく暗い。世間ってひどい。
苦労して見つけたアパートのすべての部屋に、「このアパートに殺人犯がいます!」というビラが投げ込まれ、被害者の恋人には待ち伏せされた上にいきなり「襲われた!」と叫ばれ警察ザタ。
しかし親切な保護司とともに耐えて頑張っていく、という感動路線で、まあそれはそれでいいのだが、やはり暗すぎる感が。
真保裕一の路線がわからなくなってきたな。いろいろ幅を広げたいのだろうけど。


8月31日

魍魎の匣
文庫版 魍魎の匣


著者:京極夏彦
出版社:講談社(講談社文庫)
発行:1999年9月15日
装丁:FISCO
妖怪製作:荒井良

さて、シリーズ再読第二弾です。ノベルスで持っているけど、あえて文庫版でもそろえていくことにしました。装丁がかっこいいからねえ。
最初に読んだときは、「姑獲鳥」よりはこの「魍魎」のほうがはるかにおもしろかった、と感じた記憶があります。
凄まじく入り組んだプロット、夢野久作チックな幻想性、宗教者・占い師・超能力者・霊能者に対する京極堂の明確な分類、そして散々ペダントリーを重ねた上での驚異のバカトリック。
おもしろさは相も変わらずなのですが、相対的には「姑獲鳥」のほうが上だな、と認識を改めました。インパクトが違います。「魍魎」はやや焦点が分散しすぎた感が。
メインキャラが別方面から三々五々いつのまにか同じ事件にかかわってくるというパターンもここで確立しましたね。
「なぜシリーズ名探偵は偶然にも不可解な殺人事件に都合よく出くわすのか」という探偵小説が棚上げしてきた難問に対する嘲笑のようにも見受けられて痛快です。
また、この問題に対する解答は、シリーズ六作目「塗仏の宴」でも痛烈に語られます。
これは衝撃でした。


8月31日

熊の場所
熊の場所


著者:舞城王太郎
出版社:講談社
発行:2002年10月15日
装丁:Veia

お気に入り、マイジョウの短編集です。
相変わらず飛ばしてます。楽しいです。
特に「ピコーン!」。これは凄い。
町全戸の停電最中に起こった無残に装飾された見立て殺人事件という、本格ミステリでしかありえない道具立てを用意しておきながら、まるでそんなところは眼中になく、軽々と飛び越えてしまいます。
はあ、これが才能なんですね。みじめになります。
表題作「熊の場所」もグー。この人、子どもと女の子の描写がやたら上手いですよね。


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