花になる…


 ぼくは、生まれてはじめて、外の世界を見た。

 どこまでもすきとおるような青い空。
 深い深いあい色の海。
 風にさざめく緑の森。
 いろとりどりの花。
 キラキラとかがやくたくさんのひとみ。

 ぼくが住んでいる宝石のような青い星を、はじめて見たんだ。
「なんて美しいんだろう!」
 喜びと感げきで、胸をいっぱいにしていると、身体の中に、ダダーンと雷のような衝撃が走った。
「な、何?」
 おどろいているひまもなく、ぼくの身体は、火がついたように熱くなり、とつぜん、青い空に向けて放たれた。
 ほんとうに、とつぜんだった。
 ものすごいスピードで、空まで飛んでいったかと思うと、今度は、大地めがけてまっさかさまに落ちて行く。
「熱いよ! 苦しいよ!」
 息もできず、身体中が焼けつくようだった。
 ああ、でも、もうすぐ、もうすぐなんだ……
 もう少しで、美しい世界に、手がとどく。
 あのキラキラときらめく海や森が、ぼくをやさしく受け入れてくれる。
 そう信じていた。

 ピカッ。ドドドーン。

 はげしい光が飛びちり、すさまじい音がして、ぼくの身体はくだけ散った。
 ぼくの名前は、BAB-U108。それは大型爆弾につけられた番号だった。
 なにもかもを、一瞬にして破壊すること。それが、ぼくに与えられた運命。

 いやだ!! こわしたくなんかない!
 ぼくなんか、生まれてこなければよかった!!
 つよく、つよく願ったのに、くだけ散ったぼくは、あちこちに、はげしい炎をまきちらしていた。
 自分の身体を、粉々にこわせば、こわすほど、炎の海は、ごうごうと広がっていくばかり。
 一度火がついてしまったぼくは、もう自分でも止めることはできない。どうすることもできなかったんだ。
 あっという間に、なにもかもが、おしまい。
 ぼくは、すべてを、焼きつくしてしまった。
 あのキラキラとかがやくひとみも、色とりどりの花たちも。

 ぼくは、自分の運命を呪い、生まれてきた事を悔やんだ。
 くやしくて、悲しくて、痛くて、苦しくて、もう何もわからない。

 数えきれないほどの命を焼きつくし、全ては灰になった。
 たくさんの苦しみと悲しみが染み込んだ黒い灰は、大地をおおいつくし、どす黒く血のようにこびりついていた。
 ぼくが、うばっていった命が流した、たくさんの血と涙。
 その地は、風がふくたびに、悲しいうなり声をひびかせ、血を流す。
 生きる喜びも、希望もなくし、血と涙で固められた黒い灰には、草木も芽を出すことはなかった。
 小さな破片となったぼくは、黒い灰の深い闇の中で、ただ朽ちていくのを待っていた。

 それなのに、日はのぼり、朝はいつもと変わりなくおとずれる。
 深い闇の中にいるのに、わずかな光が、ぼくを探しているようだった。
 かすかに差し込む日の光を感じ、ふいにぼくの中で、忘れかけていた小さな思いが目をさます。
 深い深いあい色の海。風にさざめく緑の森。いろとりどりの花……
 最後にぼくが目にした美しい景色が、くっきりと色鮮やかに、目の前に浮かんでくる。

 ぼくの運命は、これで、おしまいだったんだろうか?
 ぼくは、まだここにいる。
 ぼくの運命は、これから始まるんだ。
「どうか……どうか、花にしてください」
 やわらかな朝日の光に、しずかに祈った。

 何千回、何万回、祈り続けただろう。
「花だ! 花が咲いてる!」
 その子のかがやくひとみに映っているのは、小さな青い花だった。ぼくが好きな青い星の色。
 ぼくは、とうとう花になったんだ。

 さわさわと心地よい風が、流れていく。
「こわさないで。ぼくの大好きなこの星を。こわさないで。美しい青い星を」
 ぼくは、小さな青い花びらを、シャラランとふるわせた。
 か細くて、すぐに消えてしまいそうな声だけど、風はきっと運んでくれるだろう。遠い遠い国まで。
 いつの間にか、黒い灰でおおわれた地は、青い小さな花でいっぱいになっていた。
 風が吹くと、ぼくは花びらをふるわせ、鈴のような声で歌い続けた。
「こわさないで! こわさないで!」
 その声は、いつかきっと、世界中に広がるだろう。
 ぼくは、たくさんの根をのばしていた。どこまでもどこまでも。





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