おかあさんの種


 「来るぞ、もうすぐ、もうすぐ」
 子ぎつねの兄弟は、ピンと耳をとがらせる。
 ザワザワザワ。草が、ジッとしていられずに、ふるえだした。
「来た!」
 小ぎつねたちは、パンと走りだす。全身をバネにして、力のかぎり走る。
「今日こそは、負けるもんか!」
 とつぜん、草原がはげしく波うった。
 ドドドドドッ、ヒュン。
 かるがると子ぎつねたちを追いこして、ふうが、やって来たのだ。
「おいらをだれだと思っているんだい! おいらは風の子だ! お前たちなんか相手にならないよ」
 ふうの高らかな笑い声と、子ぎつねたちのあらい息が、草原にひびいた。
「だめだ。ふうにはかなわないや」
 やっとの思いで、ふうに追いついた子ぎつねたちは、大きなしっぽをだらしなく地面につけた。
 ぜぇぜぇ。ぜぇぜぇ。子ぎつねたちのあらい息が、輪唱している。
「やっぱり、ふうにはかなわないや」
「まだまだ、まだまださ。おれさまを追いこそうなんて、百年かかっても、むりなことさ」
「ちぇっ、くやしいなぁ」
「くやしいなぁ」
 子ぎつねの兄弟は、ぴょこぴょこと地面をけって、くやしがった。
 ふうの一日は、いつもこうして始まる。
 いろんな動物たちが、ふうに挑戦状をたたきつけてくる。
 けど、ふうは、ぜったいに負けない。
 ふうは、風の子だ。
 森の中を、自由自在にかけめぐる。
 春には、花の香りをのせ、夏は、太陽の光をのせてかけめぐる。
 秋になると、火の粉のような赤い落ち葉が、ふうとたわむれる。
 冷たくて、寒い冬は、遊び相手をさがして、ふうはかけまわった。
 ぐるぐるとかけまわっていると、空から遊びにやってくる白い雪。
 毎日毎日、森中をかけめぐり、ふうは楽しかった。
 全速力でかけぬけたり。そろりそろりと、しのび足で、花びらをふるわせてみたり、大きな木を相手にワルツをおどってみたり。
 楽しくてしかたがなかった。
 けれど、そんなふうにも、ちょっぴりさびしい時がある。
 夕日が、空を赤くそめる時。
 おかあさんきつねと子ぎつねたちの、楽しそうにおどっている長い影。
「おかあさん……」
 ふうには、おかあさんがいない。
「おかあさんって、どんなだろう」
 月明かりの下で、ふうは、ぽつんとひとりぼっち。
 さびしくて、胸がふるんとした。

 ある日、ふうは、子ぎつねたちに聞いてみた。
「ねぇ、おかあさんってどんなの?」
「甘くて、いいにおい!」
 子ぎつねたちは、声をそろえてこたえる。
「それから?」
「それから、とっても気持ちいいんだよ」
「大きくて、ふわんとしてて」
「あったかい」
「それから?」
「それから、それから……大好きなんだよ。とにかく大好きなんだ」
 子ぎつねたちは、うれしそうにうなずく。こくり、こくりと。
「ふうん……」
 ふうは、かけだした。
 ヒュン。
 小さな竜巻きをのこして、ものすごいスピードで、かけだした。
 行き先は、森の入り口にある小さなほこら。
「神様、おいらに、おかあさんをくれないか」
 ほこらについたふうは、神様にお願いした。
「おかあさんをくれないか。おかあさんを……」
 ふうは、小さな、涙を流した。
 ポトン。
 こぼれ落ちたふうの涙は、小さな種になって地面に落っこちたのだ。
 ふうは、小さな種を拾い上げると、まじまじとながめてみた。
「これは……この種を育てるとおかあさんになるのか?」
 うれしくなって、かけだした。
 木の葉を巻き上げて、草をなびかせて、落ち葉を舞いあげて、いちもくさんに、丘までかけていった。
 丘のてっぺんにつくと、ふうは、小さなおかあさんの種をうめた。
「はやく芽を出さないかなぁ」
 それから森は、しずかになった。
 競争相手がいなくなった子ぎつねたちも、花びらをふるわせることができない花たちも、しずかな森でたいくつしていた。
 ふうは、丘のてっぺんで、おかあさんの種が芽を出すのをしずかに待っていた。
 三日目の朝、種は、小さな小さな芽を出した。
 ふうは、うれしくて丘をかけおりた。
 ふうがかけていく道を、子ぎつねたちが、追いかける。
 おどるふうの風に、花も草もうれしそうにゆれていた。
「おかあさんの種が、芽を出した! おいらは、ひとりぼっちじゃあなくなるんだ!」
 ふうは、軽やかなステップで、森をかけめぐった。
 次の日、また森はしずかになった。
 おかあさんの芽は、どんどん大きくなっていく。
 ふうは、丘の上からはなれることができなかった。
 子ぎつねや、花たちのことを思うと、ちょっぴりさびしくなったけど、おかあさんができるよろこびには、かなわない。
 ふうが、夜もねむらずに、見ていると、おかあさんの芽は、あっという間に、白くて大きな花を咲かせた。
 おかあさんの花は、甘くていいにおい。
「なるほど、これがおかあさんのにおいか」
 ふうは、何度もおかあさんのにおいをかいだ。お腹いっぱいに、おかあさんのにおいをすい込んだら、ふうは、甘い香りをのせて、森の中をかけめぐった。
「みんな、これが、おいらのおかあさんのにおいなんだ」
 ふうの通った道には、甘いやさしい香りがのこっていた。
 次の日、おかあさんの花は、白い綿毛にすがたをかえた。
 ふうが、さわろうとすると、綿毛はふわりと宙に。
「待って!」
 ふうが追いかけると、どんどんと、綿毛は空に上っていく。
「待ってくれ! おいらが、追いつけないなんて。さすがはおかあさんだ」
 ふうは、綿毛を追いかけて、夢中で空めがけてかけだした。
 どんどん、どんどん、追いかけた。
 追いかけて、追いかけて、ふうは、ふわんと雲にぶつかった。
 綿毛は、雲の中。
「これが、おかあさんなのか?」
 雲は、大きくてふわんとしていた。
「気持ちいいや」
 ふうは、雲にだきついた。
 お日さまに、てらされて、雲はあたたかくふうをだきとめてくれる。
「子ぎつねの言ったとおりだ! おいらは、おかあさんが大好きだ。とにかく大好きだ」
 ふうは、うれしくなって、一気に森めがけてかけだした。
 ダダダダダッ、ドウゥ、ビューン。
 森の木は大きく揺れて、草原も大きく波をうった。
 子ぎつねたちは、ふうのおこした風にのって、ターンと地面をけった。
「空を見てくれ! おいらのおかあさんだ!」
 ふうは、草原をかけていく。
「おかあさんは、いつもおいらのことを見てたんだ!」
 追いかける子ぎつねたち。
「おいらは、風の子だ! 負けるもんか! おかあさんが見ているんだ!」
 ふうは、草をなびかせて、走り抜けていった。





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