いろどりハイツ
「明日の午後2時から、『緊急会議』をおこないます。」
いろどりハイツに、回覧板が、まわされました。
「急に言われても、こまるのよねぇ。」
猪木(いのき)さんのおくさんが、ハンコを押しながら、言いました。
ハイツの会長、熊野(くまの)さんは、頭をかきながら申し訳なさそうな顔を、しています。
「じゃあ、明日の2時にお願いしますよ。回覧板は、次の大鹿(おおしか)さんに回しておいてくださいね。あっ! それから、回す時にわすれないでくださいよ。『大至急』って言うのをね。」
熊野さんは、そう言い残すと、忙しそうに自分の家にもどっていきました。
猪木(いのき)さんから大鹿(おおしか)さんへ、大鹿さんから狸小路(たぬきこうじ)さんへ、狸小路さんから兎月(うつき)さんへと、回覧板は、順調にハイツをめぐっていきます。
そのころ、熊野さんは、準備で大忙しでした。
「いすは、このくらい出しておけばいいかな?」
なにしろ、会議だなんて初めての事です。あーでもない、こーでもないと熊野さんは、何度も机やいすを、ならべかえてみたりしていました。
「あっ、もうこんな時間か。」
熊野さんは、打ち合わせのために、書記のワシ原さんのところへ、いそいそと出かけていきました。
会議には、たくさんの住人たちが、集まっていました。
はと時計が二時を知らせると、
「えーみなさん、本日は、お忙しい中、たくさんの方におあつまりいただきまして、ありがとうございます。」
熊野さんは、びっしょりに、汗をかきながらあいさつをしました。
ワシ原さんは、いそいそと、熊野さんの言葉を、黒板に書いていきます。
「あーこれから、最近、このハイツをあらしていく『観光客』のことについて、話しあおうと思っています。」
あつまった住人たちが、ざわざわしはじめました。
「つまりは、このハイツが、四季折々に色を変えるおかげで、観光客が、どんどんとあつまってしまう。しずかに見に来るだけなら、いいんだが、マナーをちっとも守ってくれなくて、困っていると言う事ですな。」
ハイツの長老、狸小路さんが、ゆたかなひげをなでながら言いました。みんなは、なるほどなるほど、とうなずいています。
「このハイツは、住人の私たちが見ても、ほれぼれするくらいだからねぇ。とくに、今の季節は、赤や黄色がまざりあって、ほんとに美しいんだもの。観光客があつまってくるのも、無理はないわ。」
兎月さんのおっとりした声が、その場をやわらげます。
「だけど、このところの観光客のマナーの悪さは、ひどすぎるぞ。だいたい、見せ物じゃないんだ。ここは、われわれの家なんだからな。」
大鹿さんは、とても正義感の強い人です。マナーを守らない観光客に、はらをたてていました。大鹿さんの怒りは、続きます。
「ぼくの家のすぐそばは、いつのまにかゴミ捨て場にされているんだ。それに人様の家に向かって、ゴミを投げ捨てていくなんて、信じられん。」
大鹿さんの、この発言につられて、猪木さんも文句を言い出しました。
「おれのところは、どろぼーだぜ。大事に育てている草花や木を、かってに持って帰りやがる。ひでーもんだ。」
ハイツの住人たちは、だんだんとヒートアップしてきました。みんなが、観光客への不満をぶちまけます。書記のワシ原さんは、もう目が回りそうです。
「そう言えば、この間なんか、ハイツの一部が、いきなりこわされたんだから。大きな車が、ハイツのかべを、ガツーンてね。信じられないわ。」
これには、さわいでいた連中も、だまってしまいました。
「こまったわ。」
「こまったなぁ。」
みんなは、大きなため息をつくばかりです。
熊野さんは、初めての会議で、頭がパンクしてしまいそうでした。
「いったい、どうすればいいんだろう。」
ワシ原さんは、めまぐるしく、黒板にチョークを走らせています。
「ふぅ、やれやれ、やっと書けたぞ。」
ワシ原さんが、やっとのことで、今までの意見を書き終えました。
そのようすを、じっとながめていた熊野さんは、うれしそうな顔になりました。
「そうだ! いい事を思いついたぞ! 看板だよ! 入り口に注意書きの看板を、立てよう。」
「そうね。」
「そうだわ!」
「そいつは、いい考えだ。」
みんなは、大賛成でした。
「じゃあ、これで会議は、おしまいということで、解散にしましょう。
それから、猪木さん、ちょっとつきあってくれませんか? 看板にする木を探しに行くので。
ワシ原さんは、看板ができてから、呼びに行きます。すみませんが、よろしくたのみますね。」
熊野さんが、そう言うと、みんなは、大満足で、帰っていきました。
「熊野さん、あとで、うちで一杯どうですか? おいしいさかなもあるんでね。」
「おっ、それはいいですねぇ。」
猪木さんと熊野さんは、大きな声で笑いながら行ってしまいました。
「ちぇっ。熊野さんは、人使いがあらいんだから。」
一人取り残されたワシ原さんは、また仕事が増えてしまったので、ぶつくさ文句を言いいました。
次の日、空はすがすがしく晴れわたり、とても気持ちのいい日曜日になりました。
美しく紅葉した山には、朝早くから観光客がぞくぞくとやってきます。
「なんだこれは?」
「いったいだれが立てたんだ?」
やって来た観光客たちは、とてもおどろきました。
山の入り口に、いつのまにか、大きな大きな看板が立てられていたのです。
看板には、太く大きな字で、こう書かれていました。
観光客のみなさんへ
マナーをきちんと守ってください!
いろどりハイツ住人一同
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