森の音楽会

 かのんは、小石をこつんとけりました。
 背中のランドセルが、まだ学校にいたいと、かのんを引き止めているように、思えるのです。
「帰りたくないなぁ」
 とちゅうで、公園のブランコが、かのんをさそいます。
「少しくらい、いいじゃあない、私とあそぼうよ」
 かのんは、両手で、しっかりと耳をふさぐと、走り出しました。
「やめて! やめてちょうだい! 私には、ピアノが待ってるの。お母さんが待っているの」
 公園を通りすぎたところで、かのんは、ふりかえりました。ブランコに「さよなら」をしようと。
 ところが、ブランコは、おいでおいでとゆれているのです。楽しそうに。
「すこしくらい、いいじゃあない」
 ぶらんこは、ゆらーり、ゆらーりと、かのんをさそいます。
「そうよね、少しくらい、かまわないよね」
 かのんの足は、ブランコにまねかれて、公園へと、すすんでいくのでした。
 ブランコにこしかけて、かるく、ゆらしてみると、すこぉし、心がかるくなるような、気がしてきました。
「楽しいな!」
 かのんは、思いきり地面をけりました。
 もっと高く、もっともっと高く。
 かのんは、ブランコをゆらしました。
「このまま空までとんでいけたら……」
「ええ、ええ、かのんをすてきなところに、つれて行ってあげるわ」
 ブランコは、ふわんと宙にまい上がったような気がしました。
「えっ?」
 雲を通りぬけ、高く高く、どんどん高く、上がりました。そうして、こんどはガクンと、ものすごいスピードで、下へと落ちていきます。
 どんどん、どんどん、落ちて行きます。
 かのんは、こわくなって目を閉じました。
 ピアノの前で、泣いている自分の姿が見えます。
「何回練習すれば、わかるの!」
 お母さんの、こわい顔。あきれ顔。悲しい顔。
「お願い。もうやめて! わたしには、できないの! ひけないの。やめて! もうやめて!」
 きゅうに、体のゆれが止まりました。
 さわやかな風が、かのんのほほを、なでます。
 チチチチチッ、ピーヒュルルルッ、ルルルルル。
 楽し気な、小鳥の声。
 やわらかな、花の匂い。
 おそるおそる目をあけると、かのんは、森の中にいました。
 木の枝では、たくさんの小鳥が、楽しそうに歌っています。
 りすたちも、負けじとドングリを口の中で、カタカタ言わせています。
「この曲は……」
 かのんが、いつも練習している曲です。
「なんて楽しそうなのかしら。」
 かのんは、切り株にこしかけると、手を動かしました。
「私もピアノが弾きたいわ」
 かのんの指は、見えないけんばんをはじきました。
 すると、どうでしょう。
 白と黒のけんばんが目の前にあらわれたのです。
「なんて、楽しいのかしら。」
 かのんの指は、けんばんの上をおどり始めました。
 小鳥達の歌、ドングリのカスタネット、かのんのピアノは、美しいハーモニーとなって、森の中にひびきわたります。
「ラララールルルールー……」
 かのんは、思わず歌いだしました。
 サワサワサワ……
 木の葉が、ふるえる音。まるで、拍手の音のよう。しだいにその音はどんどんと大きくなり、森の中にひびきわたります。
 かのんの心は、コトコトとはずみました。
「ありがとう。ありがとう」
 立ち上がると、ふかぶかとおじぎをしました。
 木の葉の拍手の音は、なりやみません。
 かのんは、もう一度こしかけると、ピアノを弾きました。
 さっきよりも、ていねいにしっかりと、けんばんをはじきました。
 演奏を聞いてくれる。それだけで、心がはずみます。
 森の木のために、まごころをこめてピアノを弾きました。
 かのんは、もっとうまくピアノが弾きたいと思いました。もっと練習しておけばよかったと。
 サワサワサワ……
 たくさんの拍手の音が、かのんの頭の中でひびいています。
 しだいに、動かしていた指は、そのままけんばんに、すいこまれていくような、気がしました。
 すぅっと体が軽くなったかと思うと、かのんは公園のブランコに、こしかけていました。
「あっ! いけない! ピアノのレッスンだ。」
 かのんは、家に向かってかけだしました。
「練習、練習。森の木に聞いてもらうんだもの。もっと、もっとじょうずになって」
 かのんの心は、おどります。
 ブランコは、バイバイとゆれていました。





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