↑イラストはカオさんが描いてくださいました。

カラカラ人魚


 夕ごはんの時間、ぼくはいつものように、ごはんの上にかけられたちりめんじゃこの宝さがしに熱中していた。
 宝さがしというのは、ちりめんじゃこの中にまぎれこんでいる、小さな小さなタコやエビやカニをさがすこと。
 おかあさんは毎日かかさず、ぼくのごはん上に、ちりめんじゃこをたーっぷりとふりかける。ぼくが四年生の中で一番背がひくいから。 「カルシウム、いっぱい食べないと,背がのびないんだから」
 だってさ。
 ごはんの上で、ツンツン、パサパサしているちりめんじゃこは、あんまり好きじゃないんだけど、宝さがしをしていると、たのしくなって、ついでに食べてもいいかなって気持ちになる。
「で、今日は何が釣れたの?」
 おかあさんが、いつまでも、ちまちまと一匹ずつちりめんじゃこを食べるぼくに、半分あきれながら聞いてくる。
「エビが二匹。けどまだ半分あるからさぁ、これからだよ」
 そう答えて、のこりのちりめんじゃこに、はしをのばしたとき、ぼくは、おかしなものをみつけてしまった。
 ちりめんじゃこの中にうもれたそれは、タコでもエビでもカニでもなく、よく見ると、人間のような形に見える。
「うへー、なにこれ」
 おっかなびっくりで、はしでつまみあげてみると、カラカラにひからびたそれには、ちゃんと二本のうでがあって、頭には髪があり、顔にはぼくやおかあさんと同じような目や鼻や口がついている。そのくせ足はなく、かわりに尾ひれがついていた。
「これって……もしかして……」
 ぼくとおかあさんは、同時に叫んだ。
「に、ん、ぎょー?」
 おどろいたぼくとおかあさんが、目をパタパタさせていると、人魚の口が動いた気がした。
「……み、ず……水を……はやく……」
 蚊の羽音のような声だけれど、たしかに人魚から聞こえてくる。
「水、水、水っと」
 あせったぼくは、思わず麦茶の入ったコップに、人魚をほりこんでしまった。
 ゆるゆらと乾燥ワカメがもどるみたいに、カラカラ人魚がもとのすがたにもどっていく。
 麦茶をたっぷり吸い込んで、すっかりもとにもどった人魚は、こんがり日に焼けたような小麦色の肌で、ぼくの親指ほどの大きさになった。
 やっぱ、麦茶に入れたのはまずかったかな。
 でも、小麦色の肌の人魚は、元気いっぱいって感じで、かわいらしい。
 人魚は、コップの中をぐるりとひとまわりすると、水面から顔をだし、黒々とした目で、ニコッとほほえんだ。
「おかげでたすかりました。ほんとになんてお礼を言えばいいのか。あなたは、わたしの命の恩人です。どうか恩返しをさせてください。恩返しが終わるまで、ここにおいてください」

 そんなわけで、人魚はぼくの家でくらすことになった。
 人魚は、恩返しをしようと、やる気まんまんなんだけど、からだが小さいし、コップの中から出られないので、ちっとも役に立たなかった。それに人魚だからって、なにか特別の力を持っているわけでもなさそうだし。歌が得意だなんて言ってるけど、ぼくよりもオンチで、ひどいもんだった。
 でも、人魚のいる生活は楽しかった。
 コップの中をクルクルと動き回って「あのね、あのね」と、よくしゃべる。
 それから、ぼくが作ったクイズやだじゃれが大好きで、コロコロ、キャラキャラとよく笑う。笑いすぎて、尾ひれでコップをばんばんするもんだから、そのまんまコップごとひっくりかえってしまい、ぼくの教科書や宿題をびしょびしょにしてしまうことも、しょっちゅう。
 そのたびに、「ごめんなさい、ごめんなさい」と、人魚はしゅんとからだを丸めて小さくなる。
 ぼくが「だいじょうぶだよ」っていうと、丸めたからだを、ぱあっとひろげて、またコロコロと笑いだす。
 テレビを見るのも大好きで、お気に入りの麦チョコを食べながら、おかあさんといっしょにドラマを見て、ポロポロ、オイオイ泣いたりもする。
「娘ができたみたいだわ」
 すっかり人魚のことが気に入ったおかあさんは、いつのまにか、熱帯魚用のりっぱな水そうまで買ってきて、石やさんご、水草なんか少しずつ買ってきては、「ほら、海の中みたいでしょ」なーんて、水そうの中をきれいにかざるのを楽しんでいる。
 もう、人魚が家にいることが、当たり前になって、ぼくもおかあさんも、すっかり「恩返し」のことなんて忘れてしまっていた。
 だって、恩返しが終わったら、人魚は海に帰ってしまうにきまっている。
 だから、そんなことは、どうでもよくなっていたんだ。

 人魚の元気がなくなったのは、カレンダーが七月に変わってからだった。
 青くすみきったきれいな海の写真。
 人魚はときどき、カレンダーの海をじっとくいいるように見つめていた。
 そのうち夜になると、人魚の泣き声が聞こえるようになった。
 日に日に人魚のからだが、カラカラとひからびて小さくなっていくような気がして、ぼくの心も、カラカラとかわいていくような気がした。
 やっぱり海に帰りたいのかな?
 恩返しが終わらないから帰れないのかな?
 人魚と別れたくはないけれど、このままじゃあいけない気がした。
 早く海に返してあげなきゃ。
 おかあさんも何も言わなかったけど、ぼくと同じ気持ちみたいだ。
「さびしくなるわね」
 と、小さくつぶやいた。

「あのさぁ、ぼくに恩返しをしてくれるんだよね」
 ぼくが急に恩返しのことを言い出したので、人魚の顔がパッと明るくなった。
「なになに? わたしにできること? だったら、恩返しするする」
「えーっと、それは、その……」
 いっしょに海に行って、泳ぎ方を教えてくれないか。と、それだけのことなのに、ことばがぐっと、のどのおくに引っ込んでしまう。
 ほんとのこと言うと、ぼくは泳ぐのが得意なんだ。でも、人魚とさよならするには、これが一番いい。一生懸命に考えたんだ。
 ぼくは、ぎゅうっと握りこぶしを作り、よしっと覚悟をきめる。
 それなのに、人魚は待ちきれなくなったようで、自分からしゃべりはじめた。
「よかった。やっと恩返しができるのね。わたしったら、なんにもできないし、恩返しって言って、ここでお世話になるばっかりで、なさけなくて、なさけなくて。このまま恩返しができないなら、これ以上、お世話になるわけにはいかないし、海に帰った方がいいのかなって思ってたの」
「え、じゃあ、海に帰りたくて泣いてたんじゃないの?」
「だって、ここにいたら、毎日楽しくてさびしくないし、おいしいものもいっぱい食べられるじゃない」
 なーんだ、そっか、そうだったんだ。
 ぎゅうっとにぎりしめていたこぶしの力が、へなへなとぬけていき、笑いがこみあげてくる。
「じゃあさ、恩返し、ずっとここにいてくれる?」
 人魚は、うんうんとうれしそうに尾ひれをパシャパシャさせた。

 あとから聞いたんだけど、人魚がちりめんじゃこの中で、カラカラにひからびていたのは、ひとりぼっちがさびしくて、泣きすぎたからだったんだって。
 それから、ぼくの家では、ちりめんじゃこを食べるときは、おとうさんもおかあさんも一匹ずつ気をつけて食べるようになったんだ。だって、またさびしがり屋のカラカラ人魚がまざっているかもしれないもんね。
 人魚は、おかあさんが作ってくれたビーズのネックレスを首にかけ、今日も楽しそうに水そうの中の小さな海で、元気にクルクルと泳いでいる。

第6回グリム童話賞・優秀賞受賞作 2006.2.11





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