山は、いつのまにか緑の衣を脱ぎ捨てて、新しい衣をまとっています。
今度の衣は、夕日が染めてくれたのでしょうか、燃えるような赤色やあたたかそうなオレンジ色、明るい日差しのような黄金色が混ざり合って、とてもきれいなものでした。
空気は、つんと冷たくすみきっています。
「わぁ、きれい!」
かな子は、色とりどりの落ち葉を拾い集めました。
一枚、また一枚と、かな子のポケットに落ち葉が増えるたびに、ふうわりとあたたかなものが増えていくような気がしました。
「これは、赤いお星様みたいだわ。」
とびきりにきれいなもみじの葉を2枚ポケットにしまうと、かな子は、上を見上げました。
もみじの枝がさわさわと風にゆれています。
(あの葉っぱ、早くおちてこないかしら。あんなきれいなのが欲しいな。)
そんな事を思いながら、じっと枝をながめていると、その先に何か、赤いかたまりがあるのがみえました。
「なんだろう?」
かな子が、その“かたまり”をよく見てみると、もみじの葉で作られた、小さな赤い箱でした。小枝を重ね合わせたものに、うまい具合にもみじの葉を、きれいに貼り付けてあるのです。
「何か鳥の巣かなぁ?」
かな子は、そのきれいな赤い箱の持ち主を見てみたいと思いました。
少し離れた茂みにそっとしゃがみ込むと、息をひそめました。
長い間じっとしているのは、とても疲れる事でしたが、赤い箱にもどってくるのがどんな動物なのか、想像すると、少しくらいは平気になってくるのです。
しばらくすると、一匹のしまりすが、やってきました。
「来た! あのしまりすさんのお家なんだわ!」
かな子は、今すぐ飛びだして「こんにちは」とあいさつをしたかったのですが、くっとがまんしました。そうして、しゃがんだまま少しずつもみじの木に近づいていきました。
ところが、しまりすは、赤い箱の中に、一枚のいちょうの葉を入れるとあっという間に姿を消してしまったのです。
「あれ? しまりすさんのお家じゃあなかったのね。」
かな子は、ひどくがっかりしました。
「はぁ…。」
それでも、やっぱり赤い箱の持ち主が見たい気持ちは変わりありません。
もう一度、息をひそめ待つ事にしました。
すると、今度は、スズメがやってきました。今度こそ、間違いないと思ったのに、やっぱりスズメも、赤い箱の中に、深い紅色の葉っぱを一枚ほりこむと、さっさと飛んでいってしまったのです。
それから、たくさんの動物や鳥たちがやって来たのですが、みんな同じように赤い箱に葉っぱを一枚ほりこむと、さっさと行ってしまうのです。
(おかしいなぁ…だれかのお家ではないのかしら?)
すると、今度は、カラスがやってきたのです。
カラスは、赤い箱の中にたくさんの葉っぱが入っているのを確かめると、片側の翼を広げました。翼の下には、もみじの葉っぱで作られたポシェットがかけられているのが見えます。
そして、赤い箱の中にあるたくさんの葉っぱを、くちばしで器用に集めるともみじのポシェットの中につめました。
それから、ふいにかな子の方にキッと鋭い視線を向けました。
(わっ、見つかった。)
かな子は、小さく小さく体を曲げると、両手でしっかりと頭を抱え込みました。
向けられた視線がとても鋭いものだったので、かな子は、怒られると思ったのです。
カラスは、大きな翼を広げると、ばさばさと大きな音をたてて下に降りてきました。
ところが、カラスの目標は、かな子ではありませんでした。
そっとつむっていた目を開けてみると、カラスは、一枚のいちょうの葉をつまみ上げ、ポシェットにしまったのです。
それは、さっき子犬が置いていったいちょうの葉でした。
それから、辺りを見回して首を縦にふると、大きく翼を広げ空に向かって飛んでいきました。
かな子は、ぼう然とカラスを見送ると、今まで見ていた光景が、どこかで見た事があるのを思い出しました。
「そうだ! 郵便ポスト。」
角のたばこ屋さんの前にある赤い郵便ポストを思い出したのです。
毎朝、赤い車に乗った郵便屋さんがポストの中にある手紙を集めていくのです。
「そうよ、そうだわ。あれは、動物の郵便ポストなんだ。カラスは郵便屋さんなんだ。」
かな子は、うれしくなりました。
空は、いつの間にか夕日に染められて赤く色を変えていました。
「帰らなきゃ。」
かな子は、目の前のネコジャラシを一本つみ取ると、それを指揮棒のように振りまわしました。
「ゆーやーけ、こやーけーの、あかとんぼー♪」
そんな歌を歌いながら家に向かって歩きだしました。
かな子は、家に帰ってからも、もみじの郵便ポストの事ばかり考えていました。
「そうだ。私も手紙を書こう!」
ポケットに手を入れると、今日拾い集めた落ち葉が、ぎっしりとつまっていました。
一枚ずつ、机の上に並べると落ち葉は、15枚ありました。
その中から、お気に入りの3枚を選びました。選んだ3枚を一枚ずつ手にとって、丹念にチェックしていきました。
「これは、色がきれいなんだけど、形がイマイチね。」
「これは、形が素敵なんだけど、これじゃあたくさん字が書けないわね。ダメだわ。」
最後の一枚は、あたたかなオレンジ色をした桜の葉でした。
「うん。これ、これにする。」
かな子は、手紙にする落ち葉を決めると、早速、ペンをにぎりました。
「あら。ところで、誰に書こうかな?」
目を閉じて、しばらく考えていると、まぶたの裏で、すぅーと黒い小さなものが、横切りました。
「チビ。そうだわ、チビにしよう。」
夏の終わりまで、かな子の家の軒下にツバメのヒナがいたのです。
かな子は、一番小さいヒナに「チビ」と名前を付けてかわいがっていたのでした。
「チビ」は、かな子が帰ってくると、必ず、ツィーツィーと鳴き、それは、まるで「おかえり」と言ってくれているようでした。
カギっ子のかな子には、この「おかえり」がたまらなくうれしかったのです。
チビへ
お元気ですか?
かな子は、チビの「おかえり」が聞けなくなって、
とても寂しいです。
春になったら、帰ってきてね。
かな子
「できた!」
かな子は、桜の葉の手紙をそっとポケットに入れました。
「きっと、チビに届けてくれるよね。」
この手紙をもみじのポストに入れる事を思うと、ワクワクするのでした。
次の日、かな子は早速、もみじの木のところにやってきました。
そして、ポケットから桜の葉の手紙を取り出すと、もみじのポストを見上げました。
「よいしょ。」
かな子は、つま先立ちをし、小さな手をせいいっぱいのばしました。
けれど、小さなかな子には、もみじのポストは、高すぎたのです。
ジャンプしてみても、どうしても届きません。
「困ったなぁ…。」
かな子は、手のひらに桜の葉をのせて上をながめていると、一羽のスズメが飛んできました。
スズメは、かな子の手のひらから、ひょいっと桜の葉をつまむともみじのポストにいれてくれたのです。
「ありがとう、スズメさん」
スズメは「チュン」と一鳴きして、飛びさっていきました。
かな子は、昨日と同じように、そっと茂みの中にかくれました。
あのカラスが、ちゃんと自分の手紙を持っていってくれるのか心配だったのです。
しばらくすると、頭の上に黒い影ができました。
ばさばさと大きな音をさせてカラスがやってきたのです。
かな子は、ドキドキしました。
カラスは、昨日と同じようにもみじのポストの中を確かめると、片側の翼を広げました。そして、かな子の桜の葉の手紙をつまみあげました。カラスは、少しの間首をかしげていましたが、ふんふんとうなずくとそれをもみじのポシェットに入れました。
それから、残りの葉っぱも全てポシェットにつめこむと、落ちている葉っぱの手紙がないか、下をながめているようでした。
今日は、落ちている手紙はなかったようで、枝の上で大きく首を縦に振ると、ばさばさと音をさせて飛んでいきました。
かな子は思わず茂みから飛び出しました。
「カラスさーん。チビによろしくね。ちゃんと、届けてね。」
かな子の声は、届いたのかどうかはわかりません。
カラスは、大きな夕日に吸い込まれていくように小さく小さくなっていきました。
あれから、いく日かが過ぎました。
かな子が家の前を歩いていると、ひらりと一枚の葉っぱが落ちてきました。
その葉っぱは、かな子が今まで見た事のない形をしていました。
ふと上を見上げると、カラスが飛んでいました。カラスの体には、赤いポシェットが見えます。
「あっ! 郵便屋さん。」
かな子はあわてて、葉っぱを拾いました。
葉っぱには、ミミズがおどっているような字がならんでいます。
かなこへ
そのせつは、おせわになりました。
いそいでたびだったため、おれいをいうことができませんでした。
はるになったら、およめさんをつれてかえります。
チビ
かな子は、何度も何度も、手紙を読みました。
読み終えると、葉っぱをほっぺに当ててみました。
それは、ほかほかとあたたかい日だまりのようでした。
「チビは、あたたかい国にいるんだね。」
かな子は、からになったツバメの巣をながめました。
「チビ、ちゃんと家はあるからね。いつでも帰ってきてね。」
かな子は、ほかほかとあたたかい葉っぱをポケットにしまいました。
もうすぐ、山は白い衣をまといます。
もみじの木に残っていた最後の葉には、
ことしのえいぎょうは、おしまい。
またらいねんごりようください。
-------からすゆうびんきょく
そう書かれていました。