さばくのサボテン
暑い暑い砂漠の真ん中に一本のサボテンがありました。
サボテンの友達は、お日様とお月様。
他には、だぁれもこの砂漠にやってくる物はありません。
どこまでも熱い熱い砂が、広がっているだけです。
サボテンは思いました。
(この世の中には、ぼく以外だぁれもいないんじゃあないかしら?)
そのくらいこの砂漠には、だぁれも来なかったのです。
お日様は、サンサンと照りつけて、砂もサボテンも燃えてしまいそうなほどです。
ほの白いお月様が顔を出すと、熱く熱くなった砂も、あっという間に冷たくなっていきます。
でも、サボテンはそんなきびしい暑さも寒さも、へっちゃらでした。ひとりぽっちの寂しさに比べたら、そんなことは、ほんの小さな事でしかないのです。
いつだって、ひとりぽっち。お日様もお月様も、やさしい笑顔をなげかけてくれるだけで、サボテンの話し相手にはなってくれません。
寂しくて寂しくて、お日様のかけらでも降ってこないかしら、と空をながめていました。
すると遠くに小さな白い点が、見えました。白い点は、少しずつサボテンに近づいてきます。
「あれは、なんだろう?」
サボテンの心は、コトコトと踊りました。
ゆらーり、ふわーりとこちらに向かってきます。
それは、真っ白い花びらのような羽をつけたチョウチョでした。
「ああ、なんてことなの。」
チョウチョは、サボテンの前まで来て、とても悲しい声を、出したのです。
サボテンは、なにかしてあげたいと思いました。
「どうしたの?」
「風に流されて砂漠に迷いこんでしまったの。森に帰ろうと夢中で飛んでいたのだけど、暑くて……暑くて……緑が見えたから、なんとかここまで来たのよ。やっと羽を休める事ができると思って。それなのに、それなのに……あなたったらトゲだらけなんですもの。」
サボテンは、おどろきました。
「なんてことだろう。ぼくは、羽を休ませてあげる事もできないなんて。」
そのうちチョウチョは、熱い熱い砂の上に落ちてしまいました。
「もうダメ。私は、もうダメだわ。」
「大丈夫? しっかりして!」
チョウチョはかすかに羽を動かしています。
サボテンは、自分の身体をいっしょうけんめいに傾けて、影を作ってあげようとしました。でも、どうやっても、チョウチョのところまで影が届かないのです。
「ぼくは、動く事もできないんだ。このまま何もできないなんて。」
サボテンは、悲しくて悲しくて、涙を流しました。たくさんの涙が、ぽたぽたと流れ落ちます。
チョウチョは、羽をぴくりと動かしました。
「お水。お水をくださらないかしら。」
「もう少し、もう少しぼくのそばに来てくれたら、ぼくの身体の中の水を、全て君にあげるよ。」
チョウチョは、最後の力を振りしぼって、美しい羽を引きずり、歩き始めました。
かれんな花びらのような羽は、熱い砂にこすられてぼろぼろです。
サボテンは、悲しくて悲しくて、涙を流しました。けれど、サボテンの涙は、熱い砂に吸い込まれて、チョウチョにまで届きません。
チョウチョが、やっとの事で、サボテンのそばまで、たどり着いた時には、白い美しい羽は、なくなっていました。
それでも、サボテンの流した涙のしずくを受け取ると、うれしそうな笑みを浮かべました。
「ありがとう。」
そう言い残すと、チョウチョは、パタリと倒れたまま、二度と動かなくなってしまったのです。
サボテンは、もう一度チョウチョの声が聞きたくて、涙を流し続けました。
何日も何日もサボテンは涙を流し続けました。
ひとりぽっちでいた時よりもずっとずっと悲しかったのです。
何回お日様が空に上がるのを見たでしょう。
お月様は、悲しい目でサボテンを見ていました。
サボテンには、もう流す涙もありません。
やがて、小さく小さくひからびてしまいました。
「ぼくに、トゲが無かったら・・・。羽を休ませてあげる事ができたなら・・・。」
もう立っていることもできません。
根元からぱったりと倒れてしまったのです。
お月様は、風を呼びました。
ごおぉぉん。ごおぉぉん。
それから、砂煙りをあげてやってきた風に言いました。
「どうか、よろしく頼みますよ。」
「お任せください。」
風は、そう言うと、からからになったサボテンとチョウチョを拾い上げ、走り出しました。
砂漠を抜け長い長い旅をして、サボテンとチョウチョは、静かな森のはずれまで運ばれてきました。
そうして、一緒に運ばれてきた砂漠の砂の中で、長い長い眠りについたのです。
数えきれないほど、お日様が空に上り、お月様が、何万回も満ち欠けをくり返し、サボテンは、長くてふかい眠りから目を覚ましました。
やがて、小さな芽をだし、するすると大きく大きくなりました。
「ねぇ、私の事を覚えている?」
身体の中から聞こえるなつかしい声。
「君は、ぼくの中にいるのかい?」
「もうすぐ、会えるわ。もうすぐよ。」
声にさそわれて、サボテンは、自分の姿をながめて驚きました。
「ぼくの身体にトゲが無い。」
すべすべとした何本もの葉のような枝が、見えたのです。
そして、一本の枝の先には、ぷっくりと大きな白いつぼみがありました。
サボテンの心もぷっくりと大きくふくらみます。
「もうすぐ会えるんだね。」
サボテンは、もう一度チョウチョに会えるのかと思うと、胸がドキドキとしました。
その日のお月様は、いつもより特別にキラキラと輝き、サボテンをてらす光は、大きなスポットライトのようでした。
白い大きなつぼみは、キラキラの光を受けて、ぽわっと輝きました。
それからゆっくりと花びらを一枚ずつ、広げていきました。
花びらが、ふるんとふるえるたびに、花は、かぐわしくやさしい香りをふりまきます。
「また会えたわね。」
大きく咲きほこった花の姿は、美しいチョウチョの羽を何枚も重ねたようでした。
「きれいだね。」
サボテンは、ほおっとため息をつきました。
空では、お月様がやさしい笑顔を浮かべています。
そよとやさしくふいてきた風が、
「サボテンとチョウチョが結婚したよ。」
そうささやいていきました。
|