お星さまに抱かれて
「ねぇ、おかあさん、今日は何かお話しして。」
子ネコは、なかなか眠れそうになかったので、おかあさんに『お話し』をおねだりしました。
「眠れないのかい? しょうがない子だねぇ。」
おかあさんは、子ネコのあたまをやさしくなめてやりました。
「じゃあ、お星さまのお話しでもしましょうかねぇ。」
「うん! ぼく、お星さまのお話しがいい。」
子ネコは、本当は何でもよかったのです。おかあさんがやさしくだっこしてくれて、声が聞ければよかったのです。
「空にはねぇ、いくつお星さまがあると思う?」
「えっと、えっと……一つ、二つ、三つ……。」
子ネコは、小さな手で数えようとしましたが、数えられませんでした。
「フフフ、おばかさんねぇ。そんなんじゃあ数えきれませんよ。」
おかあさんは、やさしく笑いながら言いました。
「あのね、びっくりするほどたくさんのお星さまがあるのよ。今見えているお星さま以外にもね、この地上にいる生き物と同じ数のお星さまがあるんだから。」
「そんなにたくさんあるの?」
子ネコは、空を見上げました。
「それでね、一つの命には、決められた一つのお星さまがかならずあるの。だからね、ぼうや、空をよくさがしてごらん。きっとぼうやにだけしか見えないお星さまが、あるんだから。」
「ほんと? ぼくだけのお星さまがあるの?」
子ネコは、いっしょうけんめいに自分だけのお星さまをさがしました。けれど、お星さまは、どれも同じようにしか見えません。
「おかあさんは、自分だけのお星さまを知っているの?」
「もちろんよ。」
おかあさんも空を見ていました。
「ねぇ、どれ? どれが、おかあさんだけのお星さまなの?」
子ネコは、自分だけのお星さまは、きっとおかあさんのお星さまのとなりにあるにちがいないと思ったのでした。
「おかあさんだけのお星さまは、おかあさんにしか見えないのよ。ぼうやには見えないわ。」
おかあさんは、そう言って、クスクス笑いました。
「ちぇっ! ずるいな、ずるいなぁ。」
子ネコは、前足をぱたぱたさせました。
「そのうち、ぼうやにもわかりますよ。」
おかあさんは、たしかに自分だけのお星さまを見ているようでした。どこからか、キラキラとスポットライトのような明かりが降りそそぎ、おかあさんを照らしていました。
「自分だけのお星さまはね、まもり星なの。ずっと一生見守り続けてくれるのよ。それでね、命が終わりをむかえる時、流れ星になるの。流れ星となって、最後に望みを一つだけ叶えてくれるのよ。」
子ネコは、すぅすぅと寝息をたてていました。
「まぁ、ぼうやったら……。」
おかあさんは、子ネコをやさしくやさしくだっこしてやりました。
☆☆
「いってきまーす!」
子ネコの最近の楽しみは、探検ごっこでした。
「ぼうや、そんなに遠くまで行っちゃあダメよ。なるべく早く帰ってくるのよ。」
おかあさんは、子ネコの姿が見えなくなるまで見送ると、晩ご飯を探しにでかけました。
ご飯を探すのは、路地裏(ろじうら)にあるゴミ捨て場。居酒屋の建ちならぶ、このあたりは、かんたんに、ご飯を見つける事ができるのです。
けれど、今日はいつものようには、いきませんでした。
「しっ! しっ!!」
ほうきを持った人間が、しつこく見はっていたのです。
しかたなく、おかあさんは、となりの街まで出かける事にしました。
「今日は、時間がかかっちゃったわねぇ。」
おかあさんは、焦っていました。ご飯の時間まで、もうすぐです。早く帰らないと子ネコがお腹をすかせて待っているかもしれません。
急いでねぐらに帰ろうと、道路の横切った時でした。
「あっ!」
全身にはげしい衝撃(しょうげき)が走りました。
車にはねられたのです。
おかあさんは、最後に、あかね色に染められた空を、静かにすべり落ちる流れ星を見ました。おかあさんのまもり星です。
(もう、私の命は、終わりなのね。)
おかあさんは、流れ星に願いました。
「お願いです。どうか、私をこのまま、ぼうやのそばにいさせてください。お願い。」
「それでは、子ネコのまもり星に行くといい。」
流れ星はそう言って、おかあさんをのせると、今度は、あかね色の空をどこまでも上っていきました。
子ネコのまもり星は、小さな小さな星で、湖が一つあるきりでした。他にはなんにもありません。
湖は、波一つたてる事もなく、まるで鏡のようでした。
おかあさんは、引き寄せられるように湖のほとりに向かい、その水面(みなも)をのぞきこみました。すると、そこには、子ネコの姿が、映し出されたのです。
☆☆☆
「おかあさん! お腹すいたよ!」
子ネコは、遊びつかれて、ねぐらにもどってきました。
ところが、おかあさんの姿はどこにもありませんでした。
「おかしいな? どこに行っちゃったんだろう。」
ご飯の時間は、とっくにすぎているのです。いつもだったら、おかあさんのやさしい笑顔が「おかえり。」とむかえてくれるのです。
仕方がないので、おかあさんがもどってくるのを待つ事にしました。
けれども、いつまでたっても、もどってくる気配はありません。
「おかあさん、おそいな。」
とうとう日はすっかりおちてしまい、夜がやってきました。
ひとりぼっちの子ネコには、月の明かりも星のきらめきも見えてはいませんでした。何もかもが真っ暗闇にしか見えないのです。
子ネコは、心細くてたまりません。
「おかあさん!」
せいいっぱいの声で呼んでみました。
子ネコのふるえる声は、まもり星にいるおかあさんにも届いていました。おかあさんは、思わず水面に映るわが子を抱きしめようとしたのです。
おかあさんのうでは、するすると湖の中へすいこまれていきました。そして、光になったのを感じました。
「ぼうや。かわいいぼうや。」
子ネコは小さな星が、チカッと力強く輝いたのを見ました。
その明かりは、子ネコのためだけに向けられているようでした。
「ああ、そうだ。これが、おかあさんが言ってた、ぼくだけのまもり星なんだ。」
おかあさんの光は、子ネコの身体をつつみこみました。
子ネコは、ふわんといい気持ちになり、お腹がすいているのも忘れて、すやすやと眠りについたのでした。
おかあさんは、水面に映る子ネコを見ていました。
「ぼうや、安心してお眠り。」
おかあさんは、そのまま身体を湖に投げだせば、子ネコの元へいけるような気がしました。けれど、そうしませんでした。
湖は、どこまでもはてしなく深く、すいこまれたら、もうそれきり二度と愛しいわが子を抱きしめる事ができなくなるような気がしたのでした。
☆☆☆☆
次の日、子ネコが目を覚ますと、おかあさんの姿はありませんでした。
「おかしいなぁ。」
子ネコは、不思議に思いました。昨日の晩は、たしかにおかあさんに抱かれて眠っていたのです。
おかあさんの姿は見えないけれど、すぐそばにいるような気がしました。
子ネコは、ひとりぼっちでも、心細いなんて思いませんでした。
自分だけのまもり星を見つけたのです。それに、眠っていると、おかあさんを感じる事ができるのです。
朝、目が覚めると、不思議と元気がわいてくるのでした。
そのうち、ご飯だって、一人で探せるようになりました。
子ネコは、毎日、おかあさんの分のご飯も用意しました。そうして、夜がくるのを楽しみにしていたのです。
子ネコは、夜の間だけ、おかあさんはこっそりと帰ってくるのだと思っていたのです。姿を見せられないのには、きっと何かわけがあるのだと思っていました。
そうして、子ネコは、どんどんとたくましくなっていきました。
おかあさんは、まもり星の上で、わが子の成長ぶりを目を細めて見つめていました。
はじめて一人で、ご飯を探すところ。
はじめて、けんかをするところ。
犬に追いかけられるのを見て、ハラハラした事もありました。
まもり星は、ずっと一日中子ネコを見ているのです。
おかあさんは、日に日にたくましくなっていくわが子を見るのが楽しくて、ひとときも湖から目をはなせませんでした。
おかあさんは、いつだって、子ネコの事を見ているのです。
でも時々、子ネコは考えるのでした。
どうして、おかあさんは、姿を見せてくれないのだろうかと。
夜眠っている間だけでなく、やっぱりいつもそばにいて欲しかったのです。
「おかあさん。どこへいっちゃったの。」
子ネコの小さなつぶやきは、おかあさんにも届いていました。
「ごめんね。ぼうや」
おかあさんは、子ネコを見守る事しかできません。
おかあさんの涙は、湖にこぼれ落ち、静かな水面にどこまでも波紋となってひろがっていくのでした。
☆☆☆☆☆
そんなある日の事でした。
子ネコは、いつものようにおかあさんの光につつまれて、安心して眠っていたのです。
ところが、おかあさんには、子ネコに近づく不吉な黒い影が見えました。人間です。
「ぼうや、逃げるのよ! 早く!」
おかあさんは、必死で子ネコに向かって叫びました。けれど、子ネコは全く気づきませんでした。スヤスヤと寝息をたてているのです。
おかあさんは、いてもたってもいられません。
「すぐにいくからね。」
おかあさんは、湖に身を投げだしました。
湖は、おかあさんをのみこむと、まぶしい光を放ちました。
そして、まぶしい光は、すぐに地上まで届きました。
子ネコは、跳び起きました。
あまりの明るさに朝がきたのかと思ったほどでした。
そして、人間の姿を見て、大あわてで、逃げました。
人間は、急にはげしい光を浴びたせいで、目が見えなくなっていたのです。
子ネコは、茂みの中に身をひそめると、空を見ました。
「おかあさん」
はげしい光をあびた時、キラキラと輝くおかあさんの姿が見えたのです。
子ネコは、やっとわかったのです。おかあさんのいた場所が。
「おかあさんは、まもり星にいたんだね。」
子ネコは、まもり星に向かって言いました。
「ぼく、大丈夫だよ! 元気にしているから。」
まもり星は、静かにまたたくと、またいつものようにおだやかな光で、子ネコを照らしました。けれど、子ネコのまもり星には、もうおかあさんの姿はありませんでした。
湖に身を投げだしたおかあさんは、キラキラの光になって、何もかもすっかりなくなってしまったのです。
もうやさしい光で子ネコを抱きしめる事もできません。でも、おかあさんは、心残りな事はありませんでした。
だって子ネコは、もう一人前のりっぱなネコになっていたのですから。
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