まんまる屋
また、いつもみたいに、ぼくとたくみのけんかが、はじまった。ほんまは、けんかなんか、したくないけど、なんでやろ、たくみに会うと、いつもけんかになってしまう。
「このゲーム、父ちゃんと朝早くにならんで買ったんやで! たくみになんか、かしてやるもんか!」
「なんだよ! 少しくらい、かしてくれたっていいじゃないか! もう、ひろしとなんかあそばへん!」
「二人とも、やめてーや」
けん太は、今にも泣き出しそうな顔や。
ぼくが、おこって帰ろうとした時、とつぜん目の前に、ワゴン車があらわれた。なんや赤いのれんと、ちょうちんがぶらさがった、けったいなワゴン車や。
「おいおい! けんかは、やめやめ。これでも食べて、なかよくやんな」
目のまえにさしだされたのは、おいしそうなたこ焼き。まんまるなたこ焼きが、ぎょうぎよく六つならんでる。
「うっわー! うまそー! いっただきまーす」
けん太は、まっ先に、たこ焼きを一つ口の中にほりこんだ。
「はうぅ」
「ぼくにも、くれよっ!」
ぼくと、たくみもたこ焼きを口にほりこんだ。
「あっ、あっつー!」
「あち、あちちちっ!」
ぼくらは、あんまりのあつさに、おどりあがって、口をふがふがさせた。
「どや、うまいか?」
ワゴン車から、おっちゃんのひゃっひゃっと笑う声がした。
「お、おいひぃでふ!」
ぼくらの声は、ぴったりとそろった。
たこ焼きは、ほんまにうまかった。口のなかで、あっつい生地が、とろっととけて、プリッとしたタコをかむと、じわーっておいしさが、ひろがる。
「なんでも、まんまる、まんまる屋。一つ食べたら、まんまる笑顔!」
おっちゃんが、くるっくるっとたこ焼きを回しながら言った。
「あのおっちゃん、タコみたいやな」
けん太が、小さな声でささやいた。
「ほんまや! 顔、真っ赤にして、タコみたいやな」
たくみも小さな声で言った。
おっちゃんは、ぼくらの声が聞こえているのかいないのか、知らん顔をして、たこ焼きを焼いてた。人間わざとは、思えないスピードで、くるっくるっとやっている。手が何本もあるみたいで、ほんまにタコみたいや。
ぼくらは、笑いが止まらんようになった。
「このゲーム、ちょっとだけかしてやってもええで」
ぼくは、なかなか言われへんかったことばが、するっと出てきて、びっくりした。
「うそっ! ほんまにええんか?」
「うん、そやけど、ちょっとだけやで」
おっちゃんは、にっと笑って、ブイサインをした。
「なんでも、まんまる、まんまる屋、おいしいたこ焼きまんまる屋。よろしくなっ!」
おっちゃんは「まんまる屋」と白抜きされた赤いのれんを、指さした。
「おう! せんでんなら、まかしとき!」
次の日、ぼくらは「まんまる屋」をせんでんしてまわった。
まんまる屋は、ぼくらがせんでんしたおかげか、だいはんじょうや。
おっちゃんは、ますます、すごいスピードで、くるっくるっと、たこ焼きをまわしてる。やっぱり、何本も手があるタコみたいや。
おっちゃんは、せんでん代やって、ぼくらにたこ焼きをくれた。
まんまる屋が来るようになって、ぼくらは、けんかせんようになった。
たこ焼きがおいしいからやろか。ぼくの心が、まんまるになったんやろか。いじわるなことばは、出てけえへんようになった。たくみも、つっかかってくることがなくなった。泣き虫けん太は、たこ焼きを食べたら、ごきげんな顔になる。
けんかせんようになったのは、ぼくらだけやない。
公園中が、笑い声でいっぱいや。
めそめそ泣いとった子も、いじめっ子もみんなみんな、にこにこ顔で、なかよしや。
お父さんも、お母さんも、けんかせんようになった。お母さんとおばあちゃんも。
なんや、みんな、顔がまんまる笑顔になったような気がする。おっちゃんが、まんまるにしてるんやろか。
「なぁ、おっちゃん、ほんまになんでも、まんまるにできるんか?」
ぼくは思いきって、おっちゃんに、聞いてみた。
「そうや。おっちゃんは、なんでもまんまるにできるんやで。あのお日さんかて、おっちゃんが、まんまるにしたんやで!」
おっちゃんは、そんなこといいながら、ひゃっひゃっと笑った。
「ほんまに、ほんまか?」
「こっちにおいで」
おっちゃんは、ワゴン車の中に、ぼくをいれてくれた。
「あっつー!」
ワゴン車の中は、鉄板が焼けて、ものすごくあつい。
おっちゃんが、生地をまあるいくぼみの中に、流しこんだ。
ジュジュジュッーっと音がして、おっちゃんの目がキラリと光った。
「まぁ、見とき」
おっちゃんは、ものすごいスピードで、くるっくるっと焼けた生地を回し始めた。
くるっ、くるっ、くるっ、くるっ。
なんや、目が回って、頭の中がまっ白になった。
ぼやーっと、いしきがもどってくると、ぼくは、いつのまにやら、大きな船にのって、空をとんでたんや。
「おっちゃん、空や! 空とんでるで!」
こんなすごいことがおこっているのに、おっちゃんは、へいきな顔して、くるっくるっと、たこ焼きを焼いてる。
きれいにまんまるに焼けた、たこ焼きは、鉄板をとびだして、どんどん上へ上へとのぼっていった。
「あれは、夜の空までとんでいって、星になるんや」
おっちゃんが言った。
「あっ、今、光ったで!」
空へとびだしたたこ焼きが、きらきらと星になるのが、わかった。
「ほら、見えるか! 地球もお日さんもまんまるや。人間かてみんな、まんまるがええんや。そしたら、争いもなくなる」
おっちゃんは、手を休めずにくるっくるっとなにかをまるめた。
「おっちゃん、今度は何まるめてるん?」
それは、トゲトゲしたガラスのかたまりみたいやった。
「みんなの心や。イライラしてるのや、プンプンしてるのや、そんなトゲトゲした心や」
おっちゃんが、くるっくるっとトゲトゲのかたまりを回すと、少しずつ、トゲトゲがなくなって、きれいなまんまるになった。七色に光って、まるで、シャボン玉みたいや。
おっちゃんは、それを、ふうっとふきとばした。たくみやけん太、いじめっ子や泣いてる子、お父さんやお母さん、おばあちゃんの中に、まんまるになった心が、すうっと入っていった。みんなみんな、まんまるな笑顔になっていく。
「これは、おまえのや。こわれへんように、とくべつしっかりと、まんまるにしといたで」
おっちゃんは、たこ焼きをのせる船に、大きな水晶玉みたいになった心をのせてくれた。
「すごいや!! おっちゃん」
ぼくは、大声でさけんで、はっとした。
そこは、空の上ではなく、公園のまんまる屋のワゴン車の中だった。
「ほら、手に持ってるその船、こっちにくれ」
ぼくの手には、からっぽの船だけがのこってた。
「あ、ああ」
船をわたすと、おっちゃんは、きれいに焼き上がったたこ焼きを、ひょいっひょいっとのせてソースをペタペタッとぬった。
「お、おっちゃん?」
おっちゃんは、何も言わずにウインクした。
「ああっ! ひろしだけ、ずるいっ! ぼくも中に入りたい!」
「ぼくも!」
たくみとけん太も中に入ってきた。
おっちゃんは、にっと笑って、今できたばかりのたこ焼きをくれた。
「これが、さいごになるで」
そうつぶやいたおっちゃんの目は、とおくを見ていた。
「おっちゃん、あしたからは、ちゃんとお金はらうから、さいごやなんて言わんといてや」
ぼくらは、明日もまた、おっちゃんに会えると思ってた。
けど、それっきり、まんまる屋は、すがたを消してしまった。
きっと、おっちゃんは、次の場所をみつけたんや。けんかしている人がいるところ。
ぼくの中には、ちゃんとまんまるになった心がのこってる。そやから、もうけんかなんかせえへんもんな。
おっちゃんは、今もどこかで、くるっくるっくるっと、やってるにちがいない。
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