たんこぶ二つ


「おねえちゃん、あたま、いたい」
 いもうとのユッコの声で、目がさめた。
 ユッコが、あたまのてっぺんをおさえて、うずくまっている。
「おねえちゃん、ここ、ふくらんでる」
「ん、どれどれ、おねえちゃんに見せてみ」
 あたまをさすっているユッコの小さな指を、そっと持ち上げ、のぞきこんでみると、おお〜っ、と声をあげたくなるくらいに、ぽっこりと大きくてりっぱなたんこぶがあった。
 フフフ、ちょっと、おどかしてやろう。
 わたしは、おもしろいことを思いついた。
「うわっ、たいへん、ユッコ、これツノやわ、ツノがはえてきてる。おねちゃんの言うことをちゃんと聞いて、いい子にしてないから、鬼になってしまうんやわ。そうだ、あしたは節分だっけ。豆をまいて、悪いユッコ鬼をおいださないと」
 なーんて、わたしは「鬼はーそと!」と、豆をまくふりをして、いじわるく言ってみた。
 ユッコのやつ、わたしのものを、なんでもかってに持っていっては、こわしたり、なくしたりするんだもん。きのうも、わたしがたいせつにしている、お気に入りのいちごの消しゴムを、かってにもっていって、まっ二つにわってしまったんだから。
 それに、もんくを言ったらすぐに「おねえちゃんが、いじわる言うー」なんて、おかあさんに言いつけて、おこられるのは、いっつもわたしなんだ。
 でも、ユッコも二年生だもんなあ。こんなうそ、信じるわけないか。
「うそ……」
 ユッコが、小さな声でつぶやく。
 やっぱダメか。そりゃそうだ。
 がっかりして洗面所に向かおうとしたら、ユッコが、わたしのパジャマのすそをギュッとひっぱった。
「ツノ、ツノが、今、大きくなったよぅ」
 ユッコは半べそで、わたしをじっと見上げている。
「まさかぁ、なに言ってるの」
 ツノなんか、はえるわけないでしょ。そう言いかけて声がつまった。
 ユッコのたんこぶが、にゅうっとつき出てきたような気がしたからだ。
 うそ! うそうそ。わたしは、パタパタとなんどもまばたきをした。
 ツノなんかじゃない。ただのたんこぶだ。そのはずなのに、心ぞうがバクバクして、胸がぎゅうっと苦しくなる。
「ユッコ、鬼になっちゃうの? やだやだ」
 ユッコは、あたままですっぽりと、ふとんの中にもぐりこんでしまった。
 ユッコが鬼になる?
 まさか! うそだよ。それは、わたしが思いついたうそだったはず。
「鬼になったら、ママもパパも、ユッコのこときらいになるんだ。おねえちゃんも、ユッコのこと大きらいになるんだ。鬼になんかなりたくないよぅ」
 ふとんの中から、ずずずっと、鼻をすする音が聞こえてくる。ぷるぷると小さな背中が、ふるえているのもわかる。
 心がズキズキした。それにこわかった。
 ユッコがほんとうに鬼になってしまったら、わたしのせいだ。そんなのいやだ。
ユッコが鬼になるなんて、ぜったいにいや。
「ユッコは、鬼になんかならないよ。ユッコが鬼になるんだったら、おねえちゃんも鬼になる。そしたら、いっしょだもん。きらいになんかならないよ」
 わたしは、そう言うと、あたまを柱にぶつけた。
 ドゴッ。
 にぶい大きな音がして、目から火花がとびちった気がした。
「おねえちゃん」
 大きな音におどろいたユッコが、ふとんからかおをだした。
「しぃー、いったぁー……、これで、おねえちゃんにも、ツノがはえてくる。だから、ユッコといっしょ。ユッコが鬼になったら、おねえちゃんも鬼になるんだから」
 ぶつけたところが、ジンジンして、きょーれつにいたい。あたまがわれるかと思った。でもきっと、心がズキズキしているほうが、もっといたいんだ。
「おねえちゃん」
 ユッコは、ずずーっと大きく鼻をすすりあげると、赤くはれたまぶたから、三日月みたいな目をのぞかせて、わらった。
「おねえちゃんと、おそろいになるね」
 ユッコが、うれしそうにたんこぶをなでる。
 わたしは、えへへと、ちょっぴりはれてきたあたまのてっぺんをさすった。
 あーあ、これ、ユッコに負けないくらい、りっぱなたんこぶになるだろうな。
 たんこぶ二つ、あしたの豆まきで、鬼といっしょに、どっかに行ってくれますように。






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