カナの小さな星空


 夜空には、たくさんの星が、キラキラと、かがやいています。
 何万、何億、いえいえ、もっと、もっとたくさん、数えきれないほどの、星たちが、まばゆい光を、おしげもなく地上に、おくりとどけています。
 その中に、小さな小さな一つの星が、たくさんの星たちに、うもれてしまわないように、いっしょうけんめいに、光りかがやいていました。
 この、小さな小さな星は、さいきん生まれたばかりでした。
「いったい、ぼくはどこから来たんだろう?」
 小さな星は、考えます。
 まわりの星たちは、何も言わず、しずかにキラキラと、美しく光りかがやいています。

「ねぇねぇ、みんなは、何のために、光っているの?」
 小さな星は、聞きました。
「しぃー! しずかに!」
 お月さまが、やさしくほほえんで、小さな星に、ウィンクしました。
「このあたりの星は、今は、みんなしずかに、休んでいるんだよ。」
 お月さまは、小さな声で、いいました。

「休んでいるって?」
 小さな星も、ひそひそ声に、なりました。
「星たちは、みんな、びっくりするくらい長い間、光りつづけているんだよ。だから、すっかり光ることだけに、いっしょうけんめいで、他の事を、考えるのを、やめてしまったのさ。」
お月さまは、少しさびしそうに、見えました。
「ふぅん・・・。」
 小さな星は、生まれたばかりだったから、びっくりするくらい長い間が、どのくらい、長い時間なのか、わかりませんでした。
 お月さまは、久しぶりに、話し相手が、できたことがうれしくて、すこしおしゃべりに、なりました。
「それに、だれも、何のために、光っているのかなんて、答えられないさ。
 ぼくにも、今だにわからない。だから、おちびさんも、自分で見つけるしか、ないんだよ。」

 小さな星は、ますます、ふしぎになりました。
「答え、あるのかな?」
 お月さまは、しずかにほほえんで、小さな星に、言いました。
「きっと、あるよ。みんなちゃんと、みつけていたもの。」
 小さな星は、うれしくなりました。
「ぼくの答え、きっと、みつけるよ。」
 お月さまは、やさしく、うなずいてくれました。



 小さな星は、だれかに、みつけてもらいたくって、毎日いっしょうけんめいに、光りかがやいていました。
 すると、だれかが、自分を、みつけてくれた、ようでした。
「あら! あたらしいお星さまだわ!」
 小さな星が、視線をたどっていくと、その先には、かわいらしい女の子が、いました。
 白い、さびしい部屋の、小さな窓から、星空をながめています。
 女の子は、小さな星空の中に、何かを探しているようでした。
 小さな星は、聞きました。
「ねぇ、きみは、何を探しているの?」

 女の子は、とても、おどろきました。だって、お星さまが、話をするなんて、知らなかったのですから。
 けれど、いつもお星さまと、お話が、できたら、どんなに、楽しいことかしら、と思っていたので、とびきりの笑顔で、言いました。
「流れ星を、探しているの」
「流れ星?」
「うん、あのね、流れ星を、みつけると、一つだけねがいごとを、かなえてくれるんだって。でもね、まだ一度も、流れ星を、見たことないの。だって、カナの星空は、こんなに小さいんだもん。」
 小さな星は、この女の子のことが、とてもかわいそうに、なりました。
 星空は、こんなにも、広くて大きいのに、その女の子が、見ているのは、銀色のわくのついたガラスの中の、小さな星空なのです。

 女の子は、お星さまと、お友達になれたことが、うれしくって、小さな星に、言いました。
「そうだわ! 私の名前は、カナ。お星さまの、お名前は?」
 ところが、小さな星は、こまってしまいました。
 だって、今まで、名前なんて、考えたことも、ありませんでしたから。
「ぼくは、名前なんかない、小さな小さな星なんだ」
 小さな星が、さびしそうに答えると、女の子は
「じゃあ私が付けてあげる!」
 と言って、かわいらしいまゆを、しかめて、考え込んでいました。
 しばらくすると、ぱっと、笑顔を浮かべて、言いました。
「チビ星! 今日から、お星さまの名前は、チビ星に決定!」
 小さな星は、自分に名前が付いたことが、とってもうれしくて
「チビ星。ぼくは、チビ星」
 自分の名前を、くりかえし何度か、言ってみました。カナも、そんなチビ星を見て、うれしそうに、ほほえんでいました。

 それから、チビ星は、とても楽しい日々を、おくることが、できました。
 カナは、とっても明るく、優しい女の子でした。
 チビ星は、幸せでした。
 カナは、いつも笑顔で、楽しい話を、たくさん聞かせてくれました。



 ある日、カナはチビ星に、聞きました。
「ねぇ、死んだらお星さまになるって話、本当かな?」
 チビ星は、答えました。
「わからない。ぼくも気が付いたら、ここにいたんだもの。」
「そっか・・・。もし、お星さまになれるんだったら、カナは、ずっと、チビ星のそばに、いられるかもしれないと、思ったんだけど・・・。」
 カナの声を、さえぎるように、チビ星は、あわてて言いました。
「ねぇ、どうして、そんなことを聞くのさ。カナは、死んじゃったり、どこかへ行ってしまったり、しないよね? ずっとぼくの、お友達で、いてくれるんだよね? だってカナは、ぼくの、たった一人のたいせつな、お友達だもの。」
 チビ星は、カナが、どこか遠くに、行ってしまいそうで、不安で、いっぱいになりました。

 カナは、しばらく、だまったまま、うつむいていました。
 そして初めて、チビ星の前で、涙を流しました。
「私、もう、そんなに長く、生きられないらしいの。自分でも、わかるよ。毎日、胸が苦しいの。生まれてからずっと、病院の中から出たことないんだもん。窓から見える、この小さな星空しか、知らないんだよ。」
 カナは、そう言うと、今までがまんしていた涙が、おさえきれなくなって、おいおいと泣き出しました。
 チビ星は、心が、ずきんずきんと、いたくなりました。
 こんなに悲しいことは、初めてです。
 チビ星は、何とかしてあげたいと思いました。
 カナのねがいを、かなえてあげたいと、思いました。

 チビ星は、自分にできることを、考えました。
 そして、カナと、初めて出会った時の事を、思い出しました。
 そうだ、流れ星になろう! 流れ星になって、カナのねがいを、かなえてあげよう!
 流れ星に、なるということは、空のもくずとなって、消えてしまうことなのです。
 けれど、チビ星は、そんなことかまわない、と思いました。

 カナを、助けることができるなら、どんなことでもしよう。チビ星は、神さまに、祈りました。
「神さま、ぼくは、流れ星になります。だから、どうかカナのねがいを、かなえてください。」
 それから、カナに、言いました。
「カナ、明日、いつもと同じ時間に、必ず星空を見てね。きっと、流れ星が、見えるから。そしたら、カナのおねがいを、するんだよ。約束だよ。」
 カナは、さびしい笑顔をうかべ、しずかに首を、たてにふりました。



 チビ星は、カナに、おやすみを言いました。カナは、しずかに目を、閉じました。
 チビ星は、ねむるカナの顔を、ながめていました。このかわいい寝顔を、もう見れなくなってしまうのかと想うと、とってもせつなくなりました。
 いっしゅん、夢を見ているのか、カナは、とても幸せそうに、ほほえんだように見えました。

 チビ星は、ほっとしました。
 いまごろカナは、夢の中で、元気に走りまわっているのだろう。
 元気になったカナを、見ることができないのは、とてもさびしいことだけど、カナが、今よりもっと、幸せになれるのだと思うと、チビ星は、とても、まんぞくな気持ちになりました。
「幸せに、なるんだよ」
 チビ星は、そっとささやくと、眠りにつきました。
 空は、もう朝日のまぶしい光をあびて、明るくなっていました。



 次の日、カナは、チビ星に言われたとおり、星空を、ながめていました。
 チビ星は、カナが、自分を見ているのをたしかめると、えいっ! と地上に向かって、飛び出しました。
 そして、カナとの別れを、おしみながら、ゆっくりと、ゆっくりと、流れ始めました。

「あっ! 流れ星」
 カナは、流れ星に向かって、言いました。
「どうか神さま! このやさしいチビ星と、ずっと一緒に、長生きできますように!」
 カナの声は、小さくなっていく、チビ星にも、とどきました。
 チビ星は、とっても幸せでした。
 そして、美しい流れ星は、しずかにカナの小さな星空から、消えていきました。



 いよいよ、明日は、カナが、退院する日です。
 あの流れ星の日から、カナの病気は、みるみるよくなっていったのです。
 カナの、お父さんもお母さんも、病院の先生達も、この奇跡に、大よろこびしました。
 それから、カナには、もう一つ、かわったことが、ありました。
 カナのひとみは、だれよりも、美しくキラキラと、かがやくようになったのです。
 チビ星は、カナのひとみの中で、今も、光かがやいているのです。
 カナの心は、よろこびで、いっぱいでした。

 カナは、さいごの、小さな星空を、ながめていました。
 チビ星には、お月さまが、にっこりと、ほほえんでいるのが見えました。
 目を、閉じるとチビ星が、うれしそうに言いました。
「幸せだね。」
 カナは、本当に幸せだと、思いました。
 そして、次の日の朝、春のあたたかい日ざしにつつまれて、カナは、お父さんとお母さんといっしょに、病院を、あとにしました。
 たくさんの人たちに、祝福されながら。






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