ふしぎなお客
窓の外には、まん丸なお月さんが姿を見せました。
しばらくすると、お月さんは、ちょうど窓の真ん中にやってきて、その姿は、窓枠の額に飾られた一枚の絵画のように見えたのです。
「ほほぅ、これはいいや。」
月明かりがとてもきれいだったので、マスターは、しばらく窓の景色に目を奪われました。
「ペッタン、ペタタン、ペッタンコ。」
「そーりゃ。」
耳を澄ませていると、そんなかけ声が聞こえてきそうです。
お月さんには、もちつきをしているうさぎの影が、くっきりと映し出されていました。
「さて、そろそろかたづけるとするか。」
マスターは、お湯を沸かしている火を止めました。
ポッとガスの火が消えると、窓辺の月明かりも消えたのです。
(おやおや? 今日は、お月さんも店じまいかな?)など思っておりますと
「カランカラン。」
入り口のベルが鳴りました。
「すみません。お茶を一杯いただけませんか?」
でこぼこ肌のまん丸顔をしたその人は、なぜかなつかしい感じがしました。今まで、見ていたような気がするのです。
「たった今、火をおとしたところなので、ちょっとお待ちいただけますか? さぁさ、こちらにかけてくださいな。」
マスターは、そう言うと、急いで、ティーポットを温めました。そうしていつもどおりに、ていねいに紅茶をいれました。
「いつもこの前を通るんですよ。いーい香りがただよってきてねぇ。だからどうしても一度、ここでお茶を飲んでみたかったのです。」
マスターはニッコリとほほえむと、美しい花飾りの付いたティーカップに、ルビー色をした紅茶を注ぎました。あたりには、なんとも優雅な香りがただよいます。
「ああ、この香り・・・。」
お客さんは、まん丸な顔にちょこんとのっかっているだんご鼻を、クンクンさせました。
マスターは、うれしそうなお客さんの顔を見ていると、たまらなく楽しい気分になってきたのです。
「これは、サービスです。どうぞ」
そう言って、お昼に焼いたナッツのクッキーをさしだしました。
「ああ、うまい。本当にしあわせだなぁ。」
まん丸顔のお客さんは、満足そうに、クッキーをほおばると、最後の一滴まで紅茶を飲みほしました。
それから、もじもじとコートのポケットに手を突っ込むと
「あのぅ・・・マスター。私には、お金がありません。かわりに、これを置いていきます。つきたての美味しいおもちです。」
そう言って、テーブルにたくさんのおもちを置いて、出ていきました。
「はてはて?」
マスターが不思議に思って、おもちをながめておりますと、窓辺には、また月明かりが、ポッとともりました。
「なるほどね・・・。」
マスターは、クククと笑うと、つきたての美味しいおもちをほおばりながら、そっとお月さんに手をふりました。
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