sympathetic moment
それは白昼の、悪夢のような、現実。
彼女の振るった剣には何の手応えもなかった。
剣の的は瞬間的に空間を渡り、彼らの頭上高くに現れ、自らの娘の代用品であった人形をいともあっさりと破壊してしまった。
ロザリーは昼間の出来事を思い出し、鋭く息を吐いてレイピアを突き出した。
レイピアの切っ先が落ちてきた木の葉を貫く。
そのままレイピアを振り下ろすと、木の葉が風の抵抗でレイピアから抜け落ちる。
彼女の周りにはもうずいぶんと、穴の開けられた木の葉が落ちていた。
あの事件の後の話し合いで、明日早朝からさっそく旅に出ることになり、今日は皆、ルカの家に泊まる事になったのだった。
しかしロザリーは夜、寝付けなくて軽く体を馴らす程度の運動をしようと思い、中庭に出たのだが、いつの間にか汗が浮き出るほど熱中していたのだった。
一息つくと、悔しさと哀しみが彼女の胸を支配する。
王女。世界。分類。
分類された勇者とはいえ、王女を守れなかった後悔に心が痛む。そして何よりも、共にいたのは短い間であったが、本当の妹を失ったようで…。
「………」
彼女はレイピアを鞘にしまい、噴水の脇に腰掛ける。
空には雲一つなく、月が輝いていた。
ぼんやりと夜空を見上げる。
漠然とあの男の言葉を思い出す。
――この世界は私が分類の力で作ったのだ――
ぐっと下唇を噛む。
…冗談じゃない!
話し合いの場での自分の発言も思い出される。
――あたしは勇者だもの。魔王は倒しにいかなくちゃね。
しかしあれは彼女の見栄で言った言葉で、本音は不安でいっぱいだった。
自分の意思で勇者をしていたのではなく、勇者をやらされていたなどとは。
いや、自分だけではなくこの世界すべての人々が、知らぬ間に、生まれた時から決められたことをやらされて…。
許せるはずのないことだった。
――今までのあたしは……。
と、そこで屋敷のドアの開く音が聞こえた。考えが中断される。そして次に思ったのは傘のこと。
このような夜中に誰も起きているワケがないと、いつもの日傘は部屋に置いて来たので、今の彼女の足元には、あのピンクの影が月の光にうっすらと浮かんでいた。
――…誰だろうか?
座ったまま振り返るが玄関と彼女の直線上に噴水があったので、月明かりだけではしっかりとシルエットをとらえる事が出来ない。
向こうの人物がこちらに気付いていないようならこのまま噴水の陰に隠れていようかな、と思った。
しかしそれは甘い考えで、屋敷から出てきた人物はまっすぐに彼女の方へと歩いてきた。
「……ルカ君?」
近づくにしたがってはっきりとその人物の姿が見えてくる。屋敷から出て来たのは、世界の創造主と名乗ったあの男が異常なまでに敵視している少年だった。
「こ、こんな時間にどうしたの?」
少しバツの悪そうにロザリーは訊ねてみる。
しかし、少年は黙ったままで、何も答えない。そして彼の表情もまた、少しうつむき加減にしているためよくわからない。
いつもの少年の雰囲気とは何か決定的に違うモノを感じるが、それがなんなのかはロザリーにはわからない。ただ何かが違う。
「…? ル、ルカ君?」
彼女は、自分の座っている場所の近くまで来た少年の顔を覗き込むようにして彼の名を呼んでみる。
二人の目が合った瞬間、ルカが今までしたことのないような笑みを浮かべる。
唇の片端をつり上げ、目は見る相手を小馬鹿にした態度をありありと伝えている。
「!?」
ぎょっとしてロザリーはその場に硬直してしまう。
彼女の様子を見て、少年はうつむいていた顔を上げ、見下すように――いや実際見下して、言い放つ。
「ふん。こんな時間に筋トレか? 筋肉贅肉往復女」
「っ!?」
ルカの姿、声をしているのにそのしゃべり方はまるで……。
ルカ?は、あっけにとられただ驚きの表情で自分を見つめている彼女にニヤニヤと意地の悪い笑みをして見かえす。ロザリーが思いのほか驚いたことに満足しているようだった。
「なに? スタンなの? どういうこと…?」
やっとのことでロザリーはそれだけ問う。
「驚いたか? 余の魔力もすいぶんと戻ってきたんでな、こうして子分の意識がない間はこの身体を自由に操れるようになったのだ」
ルカの姿をしたスタンは得意げに胸を張って続ける。
「それで、怪しい物音に来て見れば、お前がなまっちょろい特訓なんぞをやっていたわけだ」
スタンは鼻で笑った。
ロザリーは鼻白み言い返す。
「……へーえ。いよいよ魔物じみてきたわね…って影の姿もじゅーぶん魔物的だったわね…ペラペラのお笑い魔王だけど」
「なんだと?」
ロザリーの言葉に睨みをきかせるスタン。だが、いかんせんルカの顔なのでまったく凄みはない。
「ま、その調子ならあたしの影も時期に直してもらえるかしらね?」
ルカの顔のスタンにケンカを吹っ掛けても、なんとなくルカをイジメているような気になってくるので、彼から視線を外し独り言のようにつぶやいた。
ロザリーは、足を組みその上に肘を乗せ頬杖をつく。
彼女の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、スタンはなにも言葉を返してこなかった。
しばしの間。
黙ったままで時が過ぎる。
「…………ねぇ…」
ふいにロザリーが沈黙を破る。地面を見詰め、いつもの彼女とは違う…言うならば覇気がないとでもいうのか。
スタンは何か面白くないような表情で、黙って彼女の言葉を待つ。
「あんた、自分は魔王であることには変わりないって言ったわよね…ホントにそう思ってるの?」
「は? 何を言っておるのだ、お前は」
眉を寄せ、訝しげな顔でスタン。
「当然だろうが。余は大魔王ゴーマの生まれ変わりだぞ!? 生まれながらにしての魔王だ!」
いつものように自信たっぷりに、胸を張り拳をその前に当て、得意げな顔になりスタンは高らかに言う。
「…相変わらず、根拠のない自信ね…っ」
いつもはそれほど気にならないスタンの物言いが、今夜はやけに癪に障る。あの男の言葉が耳に残っているからだろうと、心のどこかで別の自分が囁いていた。
ロザリーは噴水脇から腰を上げ、正面からスタンを睨む。少しだけ自分より背の低いルカの姿をした自信過剰なこの男を。
「あんた、分かってんの!? 何もかも、仕組まれてたのよ!?」
夜中だということも忘れて、ロザリーは怒鳴る。
「これまで…これまで生きてきたのが、全部他人が用意した道で…自分自身の意思じゃなかったのよ!? なのにどうして、あんたはそうやって余裕でいられるのよ! 悔しくないわけ!?」
「腹は立っている…だが…」
ロザリーとは対照的にスタンは冷めた口調で腕を組む。
「だが…なによ? 怒ってるってことは悔しいってことでしょ!?」
「いや、余は悔しくなどはない。あのベーなんとかって男が、あれで支配者気取りでいるのが許せんだけだ。真の支配者は余なのだからな」
その言葉に、ロザリーは脱力と目眩を覚えた。額に手を当て、小さく首を左右に振り、この馬鹿は…と胸中で呟く。
そのロザリーの様子にはお構いなしに、スタンが、彼にして見ればもっともな疑問を、尋ねた。
「余には、お前がなぜ悔しがっているのかがわからんな」
片方の眉を上げ、その反対側の目を細めてロザリーを見る。
ルカ君の顔でその表情は似合わないな、などと思いながら、ロザリーは答える。
「…悔しいわよ…ものすごく、ね」と溜息を一つつく。
「ずっとあたしは自分が勇者になりたくて修行してきたと思ってたのに、全部あのベーロンが仕組んだことだったわけでしょ? 今のあたしの、勇者としての力もアイツに与えられたもので……今までのあたしの努力とかってのは全く無意味なものになるわけで……って考えたら悔しくもなるわよ…」
ぐしゃぐしゃっと髪の毛を片手でかき上げる。彼女自身まだ気持ちに整理が付けられていないのか、言っていることがやけに主体的になっている。
「はっ、アホだな」
鼻で笑って、スタンは腰に手を当てる。
「っ何よ!」
ロザリーにしてみれば――いや彼女だけではないのだが――、自らの生き方を全てひっくり返されてしまうような真実に、真剣に思い悩んでいたのだ。それを「アホ」の一言で一蹴されてしまったのだから頭にもくる。
だからロザリーは、こう言ってしまうのだ。
「アンタだって同じじゃないの! ニセ魔王を退治して手に入れたその力だって、ベーロンが用意した力でアンタの物じゃないんだから! そうやって今ルカ君を操ってる……っ!?」
まくし立てていたロザリーの顔の頬からアゴにかけての部分を、唐突にスタンの手が掴む。
「痛っ!?」
かなりの力が加えられているようで、ロザリーの顔が驚きと痛みで歪む。
「今の言葉は聞き捨てならんな…!」
語気を強めてスタン。本気で怒っているのは見て取れた。
「…離しなさいよ!」
ルカの姿をしているはずなのに、なにかしら気迫を感じさせるスタンに、負けじとロザリーは、彼の手首を掴んで強気に出る。
「余の力があんなのに用意された物だと!?」
「そうよ! アイツにいいように操られてただけじゃない!」
ロザリーが、あごを押さえられていて、話し難いにもかかわらず言い返す。
「違う!」とスタンが吼える。
「違わないわよ! …この力は自分のものじゃなかったのよ…!」
その言葉の後半は目の前の、彼の子分の姿をした魔王にではなく、自分に……悲痛な、しぼり出すような声で彼女は言った。目を伏せて、下唇を噛んで、ともすれば泣き出しそうな自分を必死に制する。
しかしスタンは、そのロザリーの様子すら気付かずに強く反論する。怒りだけではなく、ほかに苛立つ感情が彼の内に生まれていた。ロザリーの態度が、言葉が、スタンの苛立ちをよりいっそう強くさせる。何故、苛立ちを覚えるのか、それを冷静に考えることは今のスタンには無理だった。
「違うと言ってるだろうが!」
怒鳴ったはずみでスタンの腕に力が加わり、ロザリーは押される形になる。
その結果、噴水の淵に彼女の足がぶつかり、ロザリーは尻餅をつくように、また噴水脇に座ることになる。
「いったぁ! ちょっと! 離し…」
「この力は余の物だ! 余が内に取り込み制御し駆使しているのだからな! 2度と余の力ではないなどと言うな! 分かったか!!」
文句を言うロザリーの言葉を遮り、スタンはさらに声量を上げ怒鳴る。
ロザリーは上目遣いに――座らせれているので仕方ないのだが――、黙ってスタンを見つめる。
スタンはそこで彼女にぐっと顔を近付ける、互いの息が掛かるほどに。
そして今度は小声で、しかしはっきりと。
「貴様は本当に、どうしようもなく、駄目な三流勇者だな…っ!」
「……」
嫌悪感をありありと宿した目でスタンはロザリーの瞳を見つめる。
ロザリーに反論は無かった。
「たとえ分類の力に支配されていたとはいえ、これまで生きてきた中で手に入れた力は自らによるものだ。あのエセ支配者がしたことは、単に役割を振ったにすぎん…そんなもんは、くそくらえだがな。余の力は余自身が身につけてきたものなのだ」
その言葉を聞いて、ロザリーは一瞬呆けたあと自嘲気味な笑みを浮かべる。
ロザリーは、彼の手首を掴んでいる手に力を入れて、彼の手を自分の顔から離そうとする。
と、驚くほどあっさりとスタンの手は離れた。
スタンは二、三歩引き、様子の変わった彼女を見下ろす。
彼の手首を放し、肩をすくめて息をつくロザリー。
「魔王のアンタが、そうだってことは敵対する勇者のあたしも同じだわ。…アンタもたまにはいいこと言うじゃない?」
ふっきれた様子でロザリーは立ち上がる。
「貴様が余と同じだと? つけ上がるなよ?」
スタンはロザリーの言葉に、斜に構え、忌々しそうに吐き捨てる。そのとき何故かスタンの内に安堵感が生まれた。だが本人はそのことに気付く様子はなく、ただいつものように彼女に反論するだけだった。
「アンタこそ、なんか勘違いしてない? あたしだってアンタと同じだなんてまっぴらゴメンよ。あたしが言った同じって意味は、今のあたしの力は自分の力で手に入れたものだっていうことなんだから」
「余の受け売りでよくもそこまで言えたものだな! このヘタレパクリ勇者が!」
「ヒトの体乗っ取って操るような変態魔王の受け売りなんてしたくなかったわよ!」
「へ、へんた…!? 貴様、余を…っ」
「……でもっ……」
変態魔王という発言に対して反論を唱えようとしていたスタンの言葉を打ち消すように、ロザリーは真剣な面持ちで、しっかりとスタンの顔を見据える。
「アンタ正しいわ…認めたくないけど…」
スタンは思いっきり面食らう。
「なんて顔してんのよ…」
バツが悪そうに頭を掻いて、それだけ言うと、とたんにロザリーはこの場にいるのが嫌になった。
「……じゃ、じゃあ、あたしはもう休むわ。アンタもその体はルカ君のものなんだから、しっかり休めさせてあげるのよ!」
捨て台詞だけ残して、そそくさと、彼女は屋敷の入り口に向かった。
逃げるようで抵抗はあったが、それ以上にスタンと顔をつき合わせていたくなかった。
この魔王が呆けているうちに去るべきだと思う。
それは、自分の分が悪いからとか照れとか、そんな理由だったのかもしれない、と彼女は考えた。
ロザリー姿が屋敷の中に消え、扉が閉まる音を聞いてスタンは我に返り、一瞬の間を空けてから、
「…ふん、ヘンなヤツだ…」と、呟く。
しかし言葉とはうらはらに、満足そうな顔になっていた。
ぼんやり聞いた女勇者の言葉通り、このままルカの部屋に戻ってもよいのだが、大地を踏みしめる感触や、顔を撫でる風の心地の良さに、もう少しだけ外にいようと思う。
影では得られない感覚を味わい、目を閉じ深呼吸をしてみる。
生きているという気がする。
気分がいい。
影に戻りたくなかった。
――子分の意識が起きれば否応なしに影に戻らねばならんのだがな……。
早く魔力を取り戻して、真の姿に戻りたいという思いが、ますます強まる。
うっすらと目を開き、空を照らす月を見上げる。
真の姿に戻り、やはり自分は世界征服をするのだろうか、と考える。
――当然だ、余は魔王なのだから世界征服こそ余の野望……。
そう思いつつも疑問が、頭をよぎる。
――余は本当に魔王として世界を制したいのか?……
分類の力によってそう思い込まされていただけではないのか?
先代の魔王ゴーマはやはり分類に定められていたから、意思とは関係なく世界の半分を破壊したのだろうか?
この世界を壊す? 自分も生きている世界を?
壊せるのだろうか? この世界を憎んでいるわけでもないのに?
分類に縛られていたのなら、なんの感情もなく大魔王として破壊の限りをつくしたのだろうか?
そして定められた大勇者に……あの女勇者に倒されていたのだろうか?
そこまで考えて、スタンは視線を落とし、自分の…いやルカの手を見つめる。あの女勇者の顔に触れていた手を。
この少年の手で触れても小さく思えた。
そこらへんにいる普通の、人間の女と同じように……。
と、唐突に、スタンは自覚する。
自分が彼女を、勇者視していたことに。
分類の力の作用であったのか、いくら「バカ女」だのなんだのといっても、所詮は客観的な性別として「女」と末尾に付けていただけで、彼女を勇者として認め、扱っていた。
先ほどの彼女の落ち込む姿は到底勇者と呼べるものではなくて…それで苛立っていたのか?
――……しかし余がイラつく理由とはなんなのだ?……
敵である勇者が落ち込むなど、面白い見世物ではないか、と自分に言い聞かせる。
しかし言い聞かせても、疑問は消えなかった。
理解し得ぬ不思議な感情に、少しの戸惑いを覚えながら、再び瞳を閉じ深呼吸をする。
スタンは時が経つのも忘れ、しばしの間そのままその場に佇んでいた。
そのため、ルカは次の朝、覚えのない体のダルさに悩まされるハメになるのだった。
――そして紆余曲折を経て決戦の時。
世界の果て、書物の砦の最奥で、世界から切り離された、ただ殺し合いをさせるためだけの舞台の上、静寂を切り裂き、声をそろえて魔王と勇者は世界の創造主に対峙し叫んだ。
創造主――ベーロンは驚愕し目を見開く。
その立ち尽くした男を睨みつけていた女勇者は、ふと思い出すことがあった。
「ねぇ、アンタ覚えてる? ルカ君ちの中庭でのことを」
隣に立ち、自分と同じように敵を鋭い目つきで見つめている魔王を見上げて問う。
「ん? 子分の小狭い屋敷の中庭でのこと、だと?」
ロザリーを横目で見て、スタンはオウム返しに聞いた。しかし、すぐに思い出すことがあったのか合点のいった顔をし答える。
「お前が似合いもせんヘコみ方をしていたときのことだな?」
スタンがそう言って意地の悪そうな笑みを浮かべる。
それを見て、ロザリーは内心『この悪人面…』と毒づくが、あくまでも悪人ぽいのは顔だけであることを知っているので、そのことは口には出さない。それに魔王に「悪人面」などと言っても喜ばれるだけのような気がした。
「…なんか引っかかる言い方だけど、そうよ」
引っかかる言い方ではあった、が、そう言われても仕方ないものだと納得はしていた。彼女自身も確かに、あのときはとんだ失態を見せてしまったものだと、後悔の念を持っていたからだ。
ロザリーは一呼吸おいて続ける。
「アンタあの時言ったわよね? 『たとえ分類の力に支配されていたとはいえ、これまで生きてきた中で手に入れた力は自らによるものだ』って。…じゃあ、今、あたしたちの中にある力は自分の物なのかしら…?」
「愚問すぎるぞ、無限増長女よ」
スタンは、余裕の笑みを以って即座に言い返す。再びその目線はベーロンを睨んでいた。
「決まっておろうが、支配者きどりのヤツの力に打ち勝った今、大魔王の力は真に余が取り込んだ。余の物となったのだ」
「相変わらず、根拠のない自信ね」
あの時と同じ言葉を放つロザリー。しかしあの時のような苛立ちはなかった。いや、むしろ信頼感を持たせたような物言いであった。
そして、スタンの自信に満ちた言葉に、なにかしらの安堵を覚え、ついつい現状も忘れ、いつもの様に反発してしまう。
「ところで、無限増長してるのはアンタの方でしょ? あたしたちを止めてくれたのはルカ君なんだから」
言われてスタンもロザリーの方へ顔を向け、何かを言い掛け――そこに後方から自分たちの名を呼ぶ声に言葉を阻まれる。
「スタン! ロザリーさん!」
声に二人が振り返ると、世界と舞台をつなぐ道を仲間たちが駆け来るのが見えた。その先頭には彼らを分類から目覚めさせた絆となる少年。
息を切らせて目の前まで走ってくると、ルカは安心と喜びとを一緒にさせた笑顔で、二人を交互に見つめた。
「ルカ君、ありがとう。キミのおかげで助かったわ」
「ふん! 子分にしては意外な働きではあったな」
「ロザリーさん…。スタン…」
確認するようにルカは、再度彼らの名を口にする。
「おい子分よ、満足気分に浸るのはまだ早いぞ。あの赤コートオヤジが怯んでいる今、一気にトドメを刺し、大いにヘコませるのだからな!」
スタンは子分の少年に得意げな顔をしてみせる。
「え、あ…。そうだね!」
ルカは1歩踏み出し、ベーロンを見詰め、さまざまな思いを胸にぎゅっと口を結ぶ。
そんなルカの様子を見ていたロザリーだったが、少年から目線を上げると、偶然スタンと目が合った。スタンも丁度ルカから目線を外したところのようだった。
ロザリーが微笑み力強くうなずくと、スタンは皮肉げに口の端を吊り上げる。
なんの言葉も交わしたわけでは無かったが、絆の少年を狭間に再三、敵と対峙するのだった。