最初その光景を見たとき、自分を含め三人は、夢を見ていると錯覚しただろうと少年は思った。
 鋭く削り取られた山肌に挟まれた谷間のような場所。双方の壁の距離はかなりのものだが、聳えるそれは圧迫感があり、息苦しさを覚える。
 真上を見れば、空の青やら雲の白やらを交えた筋が、いびつな曲線を描いている。自然のものなのか、何か強大な力の及ぼした影響の結果なのかはわからないが、上空から見れば亀裂が走っているように見えるのではないだろうか。そして、その底が今いるこの場所なのだろう。
 視線を下に戻す。彼らの立つその場所は、一面、花畑であった。
 マドリル付近の街道を歩いていれば見かけるような野花ばかりであったが、溢れんばかりに咲き乱れている。暗い洞穴から急にこのような場所に放り出されては混乱しない方がどうかしている、とどこかで割と冷静にルカは考えた。
 花の他には鋭く尖った岩が生えている。恐らくは自然に岩壁の表面が削れ、落下してきたものだろう。
 三人して、周囲を見回す。出口はないようだった。
 唯一、この場所へ彼らを排出した穴が、大人の腰辺りの高さで口を開けている。そこへ入り込むのは容易いが、滑り落ちてきた長さを考えると、よく滑る素材で出来た急斜面をなんの道具の力も借りずに登りきるのは、至難の業だろうし、よしんば登りきれたところで、斜めに落ちた通路は元に戻り、この横穴の先がどん詰まりになっているだろう。
 他に出口といえば、彼らの頭上。縦の道である。登山装備などない、また飛行能力のない彼らには、どう足掻いてもそこから脱出する手立てはなかった。
 どうする?
 そう顔を見合わせたところで、どうしようもないのであった。
「すみません、ボクのせいで」
 状況をある程度把握してから、ルカは二人に謝った。
「こうなっちゃったら、しょうがないわよ。それにしても、ちょっとこれは見ないわね」
 ロザリーは、すっかりこの光景に目を奪われているようであった。少年の方を見向きもしないで、見渡す限りの花の海に見惚れている。また、熱心に土壌を調べていたキスリングは、しきりに一人で頷いたり天を仰いだりと忙しそうで、ルカの声は右から左のようであった。
 もう少し焦ったり事態を打開しようという姿勢を見せてくれても良いのにと、少年は息を吐いた。これでは、二人に謝った自分の方がおかしいのではないだろうかと思ってしまう。
「出口はないのかな」
 再確認と、多少の希望を込めて、自分たちを囲う岩と土の壁を見回した。だが、やはり見た限りでは出口らしいものは確認出来なかった。
 仕方無に、学者の側へ歩み寄る。
「何してるんですか、キスリングさん。出口でもありますか?」
「いや、ないね。というよりも、私は脱出口を探していたわけではないのだけどね」
 ああ、やっぱり、とは口にせず「じゃあ何を?」とルカが同じ質問を繰り返すと、学者は手に収まりきるかきらないかの黒い塊を少年に見せた。
「なんだと思うかね」
「……さあ? 炭かな…?」
 目の高さに掲げられたそれを、まじまじと見て、日常目に付くもので連想されるものを挙げてみた。
「残念。もう腐ってしまってそうとは見えないが、これは木片だよ。思うに、これは棺桶の破片だね」
 どこかに引っかかりを感じながら、しかし棺桶という単語を聞いて、少年は自分たちが墓に来たことを思い出した。
「じゃあ、ここが埋葬場所なんですか?」と質問しながら、再々花畑を見渡す。塚穴と聞いててっきり、暗く冷気漂う石室を想像していたルカには意外でしかなかった。
「あれ? 破片って?」
 引っかかりに気付く。キスリングは一度深く頷いた。
「不思議だろう? ちゃんと埋葬されたならこんな風に破片だけが見つかるわけがないと思うのだが……それでだ」
 今度は、彼らが転がり落ちてきた穴を指差す。ルカとキスリングの立つ場所は、穴の真正面から少しずれた位置に当たる。
「例えば、あそこから物凄い勢いで木の棺桶が落ちてきたら、どうかな」
「まさか」学者の仮説を、少年はすぐさま否定した「それで棺桶が壊れたら、ボクたちだって無事じゃないですよ」
 言ってしまってから背筋が冷たくなった。
「まあ、我々の場合は、この草花が多少クッションになったのだろうけど、ここが使われていた頃はどうだか知れないよ。それに棺桶同士がぶつかればそれなりの衝撃はある、と私は思うのだよ」
「はぁ…」
 なぜか棺桶のデッドヒートを想像してしまう。死人を乗せた棺二荷が激しく衝突して、木屑を飛ばしながらゴールたるこの花畑に競い合って急勾配を落ちてくるのだ。
「それって死者の冒涜なんじゃ……」
「そうだね。多分ここは、一階の住人たちの墓地なのだろうと思うよ。二階の住人は別の、もっとしっかりした造りの部屋に埋葬されているはずさ」
「良いんですか、そういうのって」
 木片を後ろに投げて、学者は肩を竦めて見せた。
「良い悪いは今となっては関係のないことだよ。現に、ここはもう使われてはいないし、過去の人間に意見出来るわけでもないからね」
 飄々として学者は続ける。
「こんな場所にこんなにも花が咲いているのは、放置された死体が、風に運ばれてやってきた種の最初の養分になったからだろうね」
 それが聞こえたのだろう。少し離れた場所で、足元の花に手を伸ばしていたロザリーの手が止まった。キスリングとルカの方を見、触れるもののアテがなくなった指先を擦り合わせて立ち上がる。それまで機嫌の良さそうだった顔が一転、なんとも言えない表情へと変わっていた。
「さすがにもう、死体は出ないよ。白骨なら、ゴロゴロ見つかると思うがね」
 学者は軽く笑い飛ばした。
「笑い事じゃないわよ……」
 顔を引き攣らせて呟いた女勇者に、少年も胸の内で同意した。
 ロザリーは一つ咳払いをする。気分転換のつもりだろうか、しかしそれはあまり上手くいっていないようだった。
「ここが元お墓ってことはわかりましたけど、だとしたらどうしてちゃんとした出口がないのかしら?」
 いつどこから白骨が顔を出すか分からない。早々に脱出を試みたいのだろう女勇者は、やっと出口に関する話題を口にした。
「そりゃあ、ここに生きた人間が来ることは想定されてなかったからだろう」学者はあっさりと答え、真上を指差した「わざわざ死人が出るたびに死体を抱えて登山するよりも、ダストシュートよろしくトンネルを掘った方が良かった、というところじゃないかなぁ」
 自信があるのかないのか、キスリングは少々首を捻る。
「そういえば、ボクがブロックを押してから床が落ちるまで少し時間がありましたね」
「そうそう。多分、あの位置に棺桶を置いてブロックを押すか踏むかして、安全な位置まで逃げたんだろうね、昔の人たちは」
 普段誤って踏みつけないよう通路脇に仕掛けを作ってあったのも分からないでもない、とキスリングは付け加えた。
 それを運悪く押してしまったというわけか、と少年は天を仰いで自分の運の無さを呪った。
「スタン君がいれば、なんとでもなっただろうにね」
 学者は、あくまでも他人事のような口調で、ここにはいない魔王の名を挙げた。
「そうですね」とルカは頷いた。
 その側で、女勇者は良い顔をしていなかった。スタンがここにいない原因を作ったのは自分だということを思い出したせいだ。だが、魔王がいたとしても手を借りるのは釈然としない。単に意地を張っているというのは分かっていても、自分自身を納得させることが出来ないことは、よくあることだ。
「と、とにかくもっとしっかりと調べてみましょう。案外すぐに出られる場所が見つかるかも知れないわ」
 誤って落ちた人が居たかも知れないし、そういう人のために出口があってもおかしくないと思うの、と、女勇者は希望的観測を述べる。
「でも、生きたまま落ちた人と亡くなって埋葬された人との区別はつかないからねぇ」
 わざわざ出口を隠す必要もないのだし、と続けて、キスリングは白衣のポケットに両手を突っ込んだ。
「……不吉なこと言わないで下さい」
 ロザリーは出鼻を挫かれ、肩を落とす。
「まあ、まあ、気持ち的に探さないよりマシだと思いますよ」
 少年は言ってしまってから、フォローになっていないと気付いた。
 かくして出口を探し始めた三人であったが、人工的な作りは彼らが落ちてきた穴の周りのみであった。念入りに調べても、その周囲には仕掛けらしい仕掛けもない。
 自然物と思われる岩肌にも変わったところは無く、蹴っても叩いてもビクともしない。
「見つからないわねー」
 最初に深々と息をついたのは女勇者だった。
 妙に汗が出るので空を見上げれば、太陽が双璧の片側から顔を覗かせ始めていた。眩しさに思わず目を細める。
「そろそろお昼なのね」
 亀裂がどういう方向に走っているのか不明ではあるが、影の具合からほぼ真上に陽があることが知れた。そこで、ロザリーは日傘の存在を思い出す。どうりで手に寂しさがあるはずだ。広げられたまま花畑に放り出された日傘を拾い上げる。
 今まで日陰だったせいか、はたまた事情を知らない人の目がなかったせいだろうか、影が出来るこの場所で日傘も差さず、よく平気でいたものだと自分自身に感心した。差すかどうかを少し考えてから、土を払って日傘を差した。影のこともあるが、なにより直射日光に当たり過ぎては、それだけで体力を奪われてしまう。
「ちょっと休みましょうか」
 ひと息入れないことには気ばかりが焦り、効率が悪くなりそうだと女勇者は判断した。
「いえ、ボクはもう少し……ロザリーさんだけでも休んでいて下さい。あ、キスリングさんも――」
「ダメよ、ルカ君」と、少年の言葉を遮って女勇者は表情を厳しくする「体力は温存させなきゃ」
 学者はというと、休憩に賛成のようで、まだ日の当たっていない反対側の壁近くへと向かっている。
「わかりました」
 視線を宙に泳がせて、不服の色を残したまま少年は従った。荷物を拾い上げて、女勇者に続き学者の座る日陰に向かう。ロザリーは最初気が進まぬようだったが、諦めて地面に腰を下ろした。
 荷物から乾物を取り出して、各々に渡す。
 少年はその干物を噛みこなす。なかなか軟らかくならない干物を機械的に噛み続けながら、目線はまだ出口を探そうと岩壁を彷徨っていた。
「しかし、なんだねぇ」呑気な声はオバケ学者のキスリングのものだった。
「オバケちゃんの一匹も現れないなんて、寂しい限りだよ。ロザリー君のオバケちゃんを呼び寄せる才能もなくなってしまったようだし」
「こんな時に何言ってるんですか」とは女勇者。学者の言葉に多少怒りを覚えたらしい。
「いやいや、これは私の学術的欲求というわけではなくてだね、オバケちゃんが出るなら、どこかにオバケちゃんの入り込む隙があるということになるということを言いたいわけで……」
 やや良い訳じみたキスリングの言い分に、ロザリーは疑わしそうな目をしながらも、それ以上は何も言わなかった。そして、その苛立ちは理不尽にもこの場にいない魔王に向けられた。
「スタンは私たちがはぐれたの気付いたかしら。気付かずに先に進んでたり、気付いてもそのまま帰っちゃったりしてたらバカの極みね」
 勝手な想像でむかっ腹を立てる。
「帰ってくれたなら、そちらの方が都合は良いかも知れないよ」
 学者の言った意味を理解出来ず、女勇者は学者の顔を見た。キスリングは、一口目の乾物を飲み込んだところだった。
「スタン君が街へ帰れば、我々が帰ってないことが分かるだろう。そうなれば、まあスタン君が自ら行動してくれるかはともかく、マルレイン君が黙っちゃいないだろうからね」
 少女の名前を耳にして、少年は仲間二人の方に視線を移した。
 最初に思ったのは、彼女を街に残してきて良かったということだった。本音では、彼女をそういう風に特別扱いなどしたくない――もっとも、個人的に特別な人であることには違いないのだが――。
 旅に出てからというもの「ここではこんなことがあった」と、そんな話を聞かせると、彼女は決まって楽しそうに話に耳を傾けてくれる。いつか、そんな彼女と一緒に語り合いたいと思う。かつての旅仲間と思い出話で盛り上がると、どうしてもそう思わずにはいられない。
 だが、これは一方的な欲求で、彼女が望んでいるのかというと、それは分からない。現に、少女はどこか一歩引いた場所に居るような印象がある。常にではないが、しかし何かにつけて、そんな部分を感じ取ってしまう。
 干物を噛みながら考えることではないなと、ルカはため息をついた。隣では学者と女勇者が、まだ会話を続けている。既に内容は耳に届いていなかった。



 スタンとマルレインは、通路の行き止まりに足を止めた。
 物々しい彫刻を施された柱を左右に、大きな扉が行く手を遮っている。鉄板の引き戸には、取っ手に鎖と錠前が掛けられており、とうにその役目も意味を成さないというのに、錆付いてなお頑固に先にあるものを守ろうとしている。
 取っ手を掴むとぐらついたが、外れる様子は無かった。引っ張ってみると、鎖は然したる力を込める必要無く千切れ床に落ちた。石の溝を引っかいて、鉄扉は嫌な音を立て開いた。
 扉の向こうへ足を踏み入れれば、暗い室内には入ってきた以外の出入り口は無く、唯一の光源である魔法の炎に石棺が鈍く照らされていた。最下層なのだろうか、そんな疑問が頭に浮かんだ時、どこからともなく低い唸り声が聞こえたような気がして、マルレインは目を見張った。だが、光力が弱すぎて肉眼では到底全てを見通すことは出来なかった。
「アテが外れたようだな」
 今にも室内の闇に同化してしまいそうな黒いスーツは、暗い視界にも不自由はないのか、広い墓所を見回して生者が居ないことを確認した。
 少女からは何も言葉は返ってこない。先ほど、いや、少し前からずっと黙ったままでいる。しかし、マルレインの様子を気に留めず、スタンは部屋の中央に向かい歩き出す。
「陰気臭くて仕方ないな」
 吐き捨てて、辺りに変わったところが無いかと目を凝らす。
 死者を弔う気持ちなど一切持ち合わせていないのだろう、その魔王の後ろを付いて歩きながら足元から這い登ってくる冷たい空気に少女は自身の腕を抱いた。
 魔王は振り返る。
「おい、小娘。ぼさっと突っ立っておらずに、調べるなり何なりすればどうだ」
 言い出したのはお前だぞと、スタンは腕組みする。
「え、ええ」
 慌てて、つい頷いてしまう。先ほどから少し怒っていたのに、一瞬それを忘れてしまっていた。
 しかしこの視界では、壁に手を這わせ窪みか出っ張りがあるかなどくらいしか調べ様がない。明かりを大きくして欲しいと訴える。スタンは少女の願い出どおりに炎を広げると同時に、その数を増やした。急に明るさを増した室内に、マルレインは目を庇うように手を額に当てた。
 オレンジの光が不安定に揺れている。
 少女は壁におかしなところがあるかどうかを調べ始める。浅黒い石の壁は見る限りでは変わった様子は無い。明るくなったところで手探りに頼るしかないようであった。
 突如、重い音が聞こえ、驚いた少女の肩が跳ね上がる。
 そちらの方を向けば、石棺の蓋を開け、中を覗き込んでいる魔王の姿があった。石の蓋が斜めに傾いている。音はそれが床を叩いた音のようだった。
「ただの棺のようだな」
 魔王の独白に、少女は頭痛か目眩を起こしそうであった。ただの棺なのは当然ではないか。それ以外に何が納められているというのか。マルレインはスタンに聞こえないように、姿無き相手に問う。
「どうしてロザリーは、あんな人の相手を何度もしていられるの」
 先ほどにしても、そうだ。少女は呆れ絶句させられてしまったのち、なんということを言うのだろうと後から腹立たしくなりだんまりを決めていた。
 将来的なことはともかく、好き心で見られたように感じて不快さが込み上げてきたのだ。思い込みだと自分に言い聞かせて、一度は落ち着いたが、それでも抱え込んでしまった不快感はそうそう解消されない。
 度々、魔王と言い合いをしては、次の瞬間には別の話題で意見を同調させることの出来る女勇者を尊敬してしまう。あれは単に似た者同士で精神レベルが同じなため、相手をしてもダメージも少なく後腐れがないだけなのだろうか。
 いくらか疲れた表情で、少女は黙々と壁に向かう。遥か後方で再度、石の棺が開けられる音が断続的にしているが、聞こえないフリで通すことにした。
 スタンは、何其目かの石碑を開けた後、小さく舌打つ。
「小娘、何か見つけたか」
 壁際のマルレインに声を掛ける。少女は何故か、こちらを軽蔑するような目つきでゆっくりと振り返った。
「いいえ、なんにも……それより」と、大きなため息をついて「墓荒しは止めた方がいいと思うの」
 少女は、言っても無駄だろうけれど、と言いたげな表情をしていた。
「何をぬかすか」
 スタンは、腕を組み仁王立ちになり言い返す。
「余がこのようなシケた墓など荒らすか。棺に見せかけた仕掛けがあるかも知れぬだろうが」
「そうなの?」
 きょとんとしていると、魔王は得意げに胸を張り、驕傲な態度を肥大させた。
「当然だ。壁にへばり付くだけの小娘とは違うわ」
 スタンの棘のある物言いに、マルレインは鼻白む。しかしながら、どこかスタンに対して偏見と勘違いがあったのかも知れないと思わなくもなかった。
「それで、スタンは何か見つけたの?」
「あれば聞かん」
 どこまでも偉そうに実り無いことを宣言されて、マルレインは表情を醒ました。
「しかし、先ほどから何か妙な音がしておらぬか」
 大よそ人よりも音を拾いやすそうな耳をした魔王は、その尖った耳で何かを聞き取ったらしい。音の出所を探るように視線を廻らせる。その目が、明かりを増やしてもまだなお暗い部屋の奥、出入り口とは反対側の壁で止まった。
「音?」
 そういえば、とマルレインはスタンの目線の先を追う。この部屋に入った時に、何者かの唸る声のようなものが聞こえたのを思い出した。
 スタンは、灯を壁側に移動させる。照らされた壁には大きくひび割れた箇所が二つ、天井に沿うように横に走ったものと、そのひび割れの中央辺りから床にかけて歪に縦に走ったものがあった。それ以外には、他三方の壁と変わった場所はない。だが、老朽してというならば、ひび割れがその壁だけにしかないのは不自然なようにも感じた。
 明かりに誘われるように、マルレインは部屋の奥へ足を向けた。近付くにつれ、音はひび割れの辺りから確かに聞こえてきた。途切れ途切れだが、嘆くような恨めしいような声にも聞こえる。この墓場という場所がそんな気にさせるのだろうか、それとも本当に何者かの声なのか。正体不明のその音に、壁のすぐ側までは行かず少女は足を止めた。その壁付近の床にだけ、土が多い。ひび割れの向こうから、こちらに流れ出たのだろう。
 マルレインが、それ以上、足を踏み出すことを躊躇っているうちに、黒い長身が彼女を追い越して行った。
 危険はないと踏んでのことか、危害を加える何かが現れたとしてもそれを打ち負かす自信があるのか、単に考え無しなだけなのか、魔王は無造作に壁の隙間を覗き込むように、その真正面に立つ。踏まれた土が、すり潰されて鳴った。
「なにも無いようだな」
 マルレインは、その壁の歪みの奥になんらかの収穫を期待したが、それはスタンの言葉で簡単に裏切られた。
「――風?」
 鼻先を撫でる微かな空気の流れに、スタンは遅まきながら気が付いた。音の正体はこれだと知る。
「どうしたの?」
 いつの間にか、マルレインがすぐ隣に来ていた。こちらと壁とを交互に見て尋ねてくる。
「自然に出来た空気穴というところか」
 答えになっていない返答をする。いや、特に少女の質問に答えたつもりはなかった。マルレインは当然ながら疑問符を浮かべる。
「空気穴って?」
「どこかに通じておるのだろう、普通に考えるならな」
 しかし狭い隙間から見えるものといえば、壁と同じ素材の石と、その向こうの土と石の混じった面白みのない暗闇だけであった。どこか別の場所に通じていればまだ良いが、ひび割れが上の階層――というと語弊はあるが、この部屋の上に螺旋上の通路があるのは、歩いてきたために分かっている――と繋がって、ただ空気だけが同じ場所を回っているとしたら、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
 影の姿になれば壁の隙間を縫って行けるが、とスタンは考える。しかし、問題はこの先が光の届かない場所だということだった。どれほど続くか分からない暗い地中を進んで、抜き差しなら無い状況に陥ってしまっては元も子もない。
 そんな魔王の考えを他所に、少女は彼を押し退け、ひび割れに向かって声を上げた。
「ルカー! ルカぁ! 居るなら返事してーっ! ロザリー! キスリングさんーっ!」
 マルレインの声が室内に響く。突然のことに、スタンは押し退けられたことに対して怒ることすら忘れ、耳を突く声に渋面した。
 少女は隙間に耳を寄せて、返事が聞こえるのを待つ。しかし彼女の声に答える者はなく、またも期待を外して、真紅の瞳が炎に揺れる。
 まだ未練の残るような目で壁を見上げるマルレインとは対照的に、非人工的な壁のひび割れの先には目的のものはなさそうだと判断したスタンは室内を瞥見する。
 視界の隅で何かが動いたのと、少女が小さく声を漏らしたのは同時だった。
 魔王は反射的に、その何かを目で追う。それはすぐに居並ぶ石棺の陰に隠れてしまった。一歩踏み出し、マルレインを背中に、それが隠れた場所を見張るように睨み付ける。
「ねぇっ……って、どうしたの?」
 スタンに何かを伝えようとして振り向いたマルレインは、異変に気付き、つい先刻と同じような問いかけをして尖った金髪を見上げた。
「下級魔族どもだ」
 マルレインはスタンの背中から顔を出し、室内を観察した。オバケの姿は確認出来ない。
 意外としつこいタチらしいなと毒づきながら、魔王は、以前、影に間借りしていた頃、子分の少年が振り切ったはずの下級魔族に突撃を食らい愚痴っていたのを思い出す。下位の魔物とはいえ、不意打ち、奇襲はお手の物らしい。いや、単に少年の間が抜けていただけだったか。
 よくよく視線と意識を部屋の隅々に向けてみれば、複数の石棺の陰からオバケがこちらの様子を伺うように、蠢いている。追いついてきたというのに、襲い掛かってくる気配はない。
「とっととかかって来れば良いものを」
 間怠っこしいことを嫌う短気な魔王は、景気をつけるように、目にとまった棺に魔力の炎を叩き込む。石棺は炎を纏ったまま跳ね上がり、三つ向こうの棺を飛び越えて、そこに潜んでいた下級魔族を巻き込み派手な音と共に床に叩きつけられた。
 青ざめたのはマルレインだった。
「――な、なんてこと……」
 喉が引き攣ってしまったように、それ以上言葉が続かなかった。
 少女の呟きなど聞こえていないのだろう、魔王は同時にいくつもの炎を出現させて、そこに下級魔族が居る居ないに関わらず棺桶を吹き飛ばしていく。
 死者に対する遠慮はないのだろうか、いや、生者にも一度たりとも遠慮ということはしたことがないだろう、ほとんどの石棺を焦がしてから、魔王は攻撃の手を休めた。
 熱気のせいで思うように目を開けられず、マルレインは咳き込みながら壁に手をついた。薄く瞼を開くが、煙だか、舞い上がった灰だか土だかが室内を白く濁らせて、視界は悪い。
「粗方片付いたか?」
 頭上から魔王の独白が聞こえたが、それどころではなかった。
 空気の流れがあるとはいえ、ひどく緩慢な動きのそれでは、なかなかこの場を浄化してはくれない。マルレインは片手で空気を混ぜっ返してはみたが、大した変化はなかった。その手が、この状況を作り出した魔王の背中に当たる。
「なんだ」
 スタンの頭の位置では、それほど息苦しくも視界が悪くもなく、被害は軽度のようだった。魔王は振り返り、苦々しい顔で訴えてくる少女を見る。
「もうちょっ……考え……ッ!」
 マルレインは多く空気を吸い込むのを避けようとして、口元を押さえて喋るので、スタンにはほとんど聞き取れなかった。だが、文句を言われていることは表情から知れた。
「苦情ならあとにしておけ」
 スタンは正面に向き直り、白煙を睨む。いくらか減ったものの、そこからはまだ複数の気配があった。
 見上げれば、石棺がいくつか激突したせいで、天井にはそれまでなかった亀裂が無数に入っていた。床は確認するまでも無く壊滅的だろう。
 これ以上長く衝撃を与え続けては、いや、このままだとしても近いうちに塚穴の崩落は起こり得そうであった。
 マルレインも似たようなことを考えていたらしい。
「スタン」
 短く、名前を呼ばれて再度振り返る。
「小さく光が見えたの」と言う要領を得ないマルレインの言葉に、スタンは眉を寄せた。
 少女は壁のひび割れを指差す。土煙を吸い込まないように、極力短く伝える「この上」
 魔王は訝しそうな顔で上を見上げた。
「外か?」
 確証はないが、とまれこの先は明かりのある場所らしかった。背後の気配たちは、まだ悪い視界のため襲ってこようとはしない。
「小娘、離れていろ」
 言いながら、魔王自身も壁から数歩離れ、不思議そうな顔をさせているマルレインの頭を片手で押さえて姿勢を低く、そのままでいるように命じる。
 スタンは手に魔力を集める。あまり得意とするところではないが、それでも、壁を砕ける程で塚穴を崩壊させないくらいの、その調度良い力加減はどれほどか考える。
 魔力の変化にいつ下級魔族が反応するか分からない。時間を要してはいられなかった。
 ほとんどを勘に任せて、今だと思った瞬間に凝縮させた魔力を開放する。
 硬いものが弾ける音が鼓膜を打つのと、烈風が吹き荒んだのはほぼ同時だった。体ごと飛ばされそうになるのを、混乱しながら必死に踏み止まれたのは、低く取った体勢と風除けがあったためだと、少女は顔を上げ黒い背中を目にして理解した。
 視界は一段と悪くなっている。激しく吹いた風が部屋を掻き回し、土煙を舞い上がらせていた。否応無にざらつく空気が口に流れてくる。
 マルレインは涙目で口を押さえ咳き込む、と、急にその体が軽くなった。上下が逆さまになったような感覚に、自分の置かれている状況を把握しようともがき、頭を上げる。その目が煙った視界に明るさを捉え、彼女は眩しさに堅く瞼を閉じた。



「なんなの?」
 突然の地鳴りに、女勇者は叫んだ。
 軽食を済ませ、出口探しを再開しようとした矢先のことである。低く腹に響く音がなければ、目眩かと紛う程の微かな揺れが足元から伝わってくる。
「二人とも気をつけて」
 言いながら、どこに、そして何に気をつけるべきかはロザリー自身にも分からなかった。四方に素早く視線を廻らせて、はっとして上を見た。
 地鳴りの度に、細かな石が降ってくる。
「ここから離れた方が賢明のようだね」
 女勇者と同じことを考えたのだろうオバケ学者が避難を促した。少年は頷く。
 三人は両の壁の落石から身を守れそうな幅の広い場所で、連続する地響きになす術も無く警戒を強めた。
 しかし、地鳴りが続いたのは、ほんのわずかな間であった。
「おさまった……?」
 しばらく様子を見るように沈黙を守ってから、少年は確認するように呟いた。短い感覚で起こっていた音も揺れも、ぱったりと止んでしまう。大きな落石もなく、ほっと一息ついた。
「ええ、でも油断は―――」
 その時、地鳴りとは比べ物にならないほどの音が轟き、ロザリーの言葉を掻き消した。
 彼らのすぐ近く、大人ふたり分ほどの巨岩の頭の辺りから、その岩をも吹き飛ばしかねない勢いで岩壁が爆発し、砕かれた岩が砂礫となって、彼らの上に降り注ぐ。女勇者の日傘が、雨粒に叩かれたように鳴った。
 岩つぶてを凌いでから、三者は爆発で開いた穴を見上げた。岩壁は少しばかり傾斜になっており、爆発にぐらついた岩と合わせると、空に向かってハサミが伸びているように見える。そして、今しがた開けられた穴は天を向くように開いて砂煙を吐いている。
 呆気に取られていると、その奥から見慣れた金髪が姿を見せた。
「スタン!?」
 名が、女勇者の口を突いて出る。
 声が聞こえたのだろう、こちらを向いた褐色肌の男は、眼下の光景に奇妙な顔つきになった。少し前、花畑に転げ落ちた三人と似たような反応である。
「貴様ら、何をしておるのだ」
 当然の疑問を投げて、魔王は宙を降りてくる。その小脇に、荷物のように抱えられた少女は、爆風で揉みくちゃにされた上に土埃で白くなった髪の毛を手櫛で直しながら、照れくさそうな顔をしていた。
「マ、マルレイン……?」
 ルカは面食らう。スタンが地に足を着き、マルレインを降ろしたところで、やっと彼女の名前を口に出来た。その隣で少年と同じように驚いていた女勇者が、彼らの側にまでやってきて「ひび割れの原因はあの岩か」などと呟いている魔王に問い掛けた。
「どうして、マルレインが居るのよ。それから、今の爆発は? さっきの地響きももしかして、アンタのせいじゃないでしょうね」
 マルレインは小さくスカートの土を払いながら、矢継ぎ早に質問をするロザリーに向き直った。
「あの、ごめんなさい。黙って付いて来てたの。スタンは悪く……ないわ、たぶん」
 石棺を飛ばしまくっていたことを思い出し、果たして悪くないと言い切れるだろうかと戸惑った。
「付いて来たって?」
 ルカはマルレインに尋ねる。キスリングと共に、近付いて来る。少女は少年に、首を縦に振って見せた。
「あのね――」
「おや?」
 少女の言葉に重なったのは、学者が上を見上げて漏らした声だった。一同は一緒になって顔を上げる。半透明の浮遊する物体が、今しがた魔王が作った横穴からぞろぞろと這い出てきていた。ぎょっとする面々の中、キスリングが一人、嬉しそうに歓声を上げた。
「しつこい連中だな」
 スタンは忌々しそうに呻く。
「もしかして、逃げ回ってたの?」
 間髪入れず、女勇者が魔王の神経を逆撫でた。
「誰が、逃げ回るか! あやつらがいくら潰してもしぶとく追い回してくるだけだ、どこかのヘチャムクレ女勇者のようにな」
「誰のことかしら」
 青筋を立てるロザリー。両者は睨み合う。そこに、ルカは、怖ず怖ずと横から口を挟んだ。
「あの……そんな場合じゃ……」
「分かってるわよ!」
「言う暇があるなら、とっととバラけろ!」
 言い終わる前に、女勇者と魔王から叱り飛ばされた。言うが早いか、スタンは真上に片手を掲げた。火炎が生き物のように岩壁を這い登り、何匹かのオバケを塵にする。
 ロザリーもレイピアを抜き放ち、下級魔族の動きが把握出来る場所まで一気に移動する。
 少年は少女の手を引いて走り出す。彼らの背後で辛くも魔王の炎撃から逃れた敵を、女勇者の放つ鋭い氷塊が追い討った。
 安全と思われる距離を取ったところで、ルカは剣を構えた。
 穴から現れるほとんどのオバケを、まるで競うかのように魔王と勇者が迎撃しているため、わずかな取りこぼしの相手をするだけで済むだろう。
 業火と氷撃から逃げ延びた下級魔族たちは、一度ふわりと浮き上がってから旋回して、学者と少年らの、それぞれへと向かい飛んだ。
 キスリングは、オバケを発見した場所から移動はしていない。猫背の学者は、自分に突撃してくる魔族の一匹に渋々とした表情で呪文を唱えた。下級魔族の真上に発生した稲妻が、標的を直撃し消滅させた。
 ルカも剣に魔力を込める。オバケを叩き付けると同時に魔法が発動し、その反動で剣が跳ね返ってくる。その反動に逆らわず、後ろに飛び体勢を整える頃には、下級魔族の姿は魔法に巻き込まれ霧散していた。
「うーん。観察対象を減らしてしまうのは本意ではないのだけどねぇ」
 キスリングは、ぼやく。しかし、ちゃんとした捕獲容器もないのでは、相手を軽く痺れさせて持ち帰るということは出来ない。
「もう、しっかり戦って下さいよ」
 魔法攻撃から、愛剣での各個撃破に切り替えた女勇者が、呑気な学者に釘を刺した。
「と言っても、あまり数はいないようね」
 もともと残り数が少なかったことと、同族が倒されてしまうのを目の当たりにして穴の中で引き返してしまった者もあるかもしれない、下級魔族は数えるほどしか周囲に居なかった。援軍があるとは考え難く、あとはそれらを撃退するだけである。
 ルカは、向かってきた何匹目かの下級魔族を一刀に伏したところで、その後ろを隠れるように飛来していたオバケが居たことに気付いた。振り下ろしきってしまった剣を振り上げる暇はなく、すんでの所で転がってオバケの攻撃を避ける。
 視界から見失った敵の姿を探して顔を上げる。下級魔族は彼の頭の上を飛び越して、少年に背を向け――何故蹲っていたのだろう――立ち上がろうとする少女目掛けて飛んでいった。
「マルレイン!」
 ルカは咄嗟に叫ぶ。マルレインが振り返る。眼前にオバケが迫っていた。
 少年の声で、少女の危険に気付いた女勇者が地を蹴るが間に合いそうに無い。魔王や学者も、同様に対応が遅れた。
「――――っ!」
 悲鳴だか気合だかを叫びながら、マルレインは力の限り腕を真横に振った。その手には荷物を入れていたザックが握られている。
 荷物入れは、見事にオバケの横っ面――と言えるだろうか――を捉え、殴り飛ばした。
 彼女は力任せだったためか、それほど重くなかったはずの荷物入れに、逆に振り回されるように勢い余って転んでしまう。
 目の前で起こった光景に、ロザリーは思わず足を止めた。
「マルレイン、大丈夫?」
 ロザリーよりも早く、ルカは少女に駆け寄って手を差し伸べる。
 マルレインはまだザックを握り締め、一瞬のことで転んだと気付かずにポカンとしている。
「え、ええ、平気よ。大丈夫……うん」
 少女はまだ呆然としていて、心許無い様子で返事をした。
 擦剥くくらいはしたであろうが、大きな怪我をしたわけではないようだと、彼らの後ろで女勇者はいくらか安心した表情をして、残りのオバケを倒すべく踵を返した。
「なんともなくて良かったよ」
 安堵したルカは、今まで止めていたのかと思うくらいの息を吐き出した。
「うん、ありがとう。ごめんね」
 マルレインが、荷物入れを抱き寄せた。中で、ごろりと音がする。
「――何の音?」
 少年は、自分が運んできた荷物から聞き慣れない音がしたのを不思議に思う。
 聞かれて、マルレインははにかんだ。ザックの口を紐解き、開いて中身を見せる。
「……石?」
 ルカの呟きどおり、布袋の中には、こぶし大の石がいくつも顔を覗かせていた。
「こっちの方が、良いと思って」
 中身は丸ごと入れ替えられて、花の中に埋もれていた。
「無茶苦茶するよ」
 脱力した笑顔でルカは優しく笑う。
 どことなく、同じように笑うマルレインの顔に吹っ切れた清々しさがあった。
 彼女の武勇伝が、ひとつ増えた。
「結局、目新しいオバケちゃんは居なかったね」
 キスリングの声に、ルカとマルレインはそちらの方を見た。いつの間にか、全ての下級魔族を倒してしまったらしい。
「調査もなんにも、でしたしね」
 バツが悪そうなのは女勇者である。結局、塚穴は入り口に隠し滑り台のカラクリで、出口のない花畑に落とされることしか分からなかった。これでは、十分に仕事を為したとはいえない。
 これに答えたのはスタンだった。
「カビ臭い棺が並んでおる部屋までは、一本道で、何もなかったぞ」と、魔王は自らが開けた大穴を見上げる。
「そういえば、どこからあの穴開けたのよ」
 同じように、上を見てロザリーが尋ねた。穴の周りは煤けている。
「死人収容所だ」
「なにそれ」
 魔王の言い回しに、女勇者は呆れた。
「収容所というと、ここの方がピンとくるね。いや、しかし、石室はあそこなのかい?」
 大して違わないんだなぁと、他人には理解し難いことをキスリングは一人呟いた。
「そういうことだ。まあ、ほとんどが、ひっくり返っておるがな」
 得意げにそう言ったスタンに、ロザリーは表情を硬くした。
「ま、まさか、暴れたんじゃないでしょうね? ひっくり返ってるって、お棺が!?」
「だから、そう言っておる」
 平然と、スタン。
「なんてことするのよ、バカ魔王! アンタはどうして……ッ! 死者に対する礼節っていうのを―――」
「ロザリー君、ここで暴れた我々も同罪だと思うのだがねぇ」
 女勇者は言葉に詰まる。彼らの立つ一角だけが、踏み荒らされていた。学者は不心得ではないにせよ、諦めの境地なのか、肩を竦めて見せた。魔王は女勇者を見てニヤニヤと笑っている。
「死人が起きて文句を言うでもないしな。それよりもだ。余の働きぶりは評価されるべきだと思うぞ」
 スタンの要求は、食事のメニューに関することであった。それを聞き、学者は苦笑する。
「いやぁ、なんとも慎ましい魔王だね」
「コレはスケールが小さいって言うんですよ」
 ため息交じりの女勇者の声は、呆れ果てていた。その言葉に憤慨した魔王が、要求内容にさらに何某かを付け加えるが、大差はなかった。
 そのやり取りの後ろで、ルカとマルレインも三人の近くまで来ていた。手に持った荷物袋は、ちゃんと以前の中身に詰め替えている。
「可哀想ね、お花たち」
 少女が折れた花に視線を落とす。
「なあに。野花は強いからね、それくらいじゃなんともないさ」と、学者がそちらに顔を向けた。
「温室育ちだと、そうはいかないがね」
 辺りは随分な荒れ具合のようにも見て取れたが、そういうものなのかも知れないと、マルレインは安心した。
 顔を上げれば、二つの墓地を繋げた穴が彼らを待っていた。



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