2001年8月
8月4日
あやかし砂絵
なめくじ長屋捕物さわぎ
著者:都筑道夫
出版社:光文社時代小説文庫
発行:1996年7月20日
装丁:山田紳
もう何作目かよくわからない「なめくじ長屋」シリーズ。
これねえ、ホンマ面白いシリーズっスよ。
なめくじ長屋のヘンな大道芸人連中を率いて、砂絵師のセンセーが不可能趣味満載の謎をホームズばりに解いていく連作時代推理短編。
今回も、自らが書いた虎の絵に食い殺された絵師の謎(「人食い屏風」)や心中した女が持っていた張形が意味するダイイング・メッセージの謎(「張形心中」)など、時代小説らしからぬ本格ミステリ振りと、いつもの軽妙でポップな言葉回しで読ませまくります。
でも、やっぱ、いまや絶版の角川文庫版の山藤章二のイラストがないのは寂しい。
8月6日
悪童日記
Le Grand Cahier
著者:アゴタ・クリストフ
訳者:堀茂樹
出版社:早川書房
発行:1991年1月15日
装丁:高木桜子
数年前に読んだのだが、ちょい事情があって再読。
舞台は第二次大戦末期のハンガリーらしい。らしいというのは、
この小説には地名も人名も、およそ固有名詞である言葉は一切、
まったく出てこないからだ。
変わり者のおばあさんのもとに疎開する双子の少年たちがたくましく育つ物語……
と言えば聞こえはいいが、実はまったくそんな話ではない。
双子に、一人ずつのアイデンティティは与えられていない。
主語は常に「ぼくら」。
二人は、ただ淡々と己を鍛え、性の穢れを受容し、人を傷つける。
喜びもなく、悲しみもなく、ただ、彼らは生きる。
彼らは生きたいから生きているのではない。
デフォルトが「生きる」という状態だったのだ。彼らはただ、その状態を続けた。
シンプルで、堅くて、脆い。
そして悪夢のようなラストシーン。
名作。
8月7日
性同一性障害
性転換の朝
著者:吉永みち子
出版社:集英社新書
発行:2000年2月22日
装丁:原研哉
性別には男と女しかない。
これが誤りであることを、我々はまず知らねばならない。
いるのだ。
アンケートの性別の欄にどちらに丸をつけたらいいのか悩んでいる人たちが。
躯の性と頭の性が違う人たち。いわゆる性同一性障害に悩む人たち、
そしてその中でも「トランスセクシャル」と呼ばれる、
性転換しないことには自己が崩壊してしまう人たちへの
「医療」としての性転換手術がついに日本でも認められることとなった。
本書は、ジェンダー・アイデンティティーに苦しむ人々を通し、
その治療に全力を尽くす医者たちを描くドキュメントである。
しかし、現実は厳しい。
頭では分かっていて共感していても、身近になるととたんに認めがたくなる。
数年前、ドイツの人望あふれる村長が、勇気を振り絞ってカミングアウトし、
化粧して、女装して議会に望んだ。彼はリコールされた。
あなたの弟が女になりたいと言ったら? 姉が男になりたいと言ったら?
あなたはともに世間の波に立ち向かえるだろうか。僕は正直、分からない。
でも、もう一度書く。
性別には男と女しかないことが誤りであることを、我々はまず知らねばならない。
そこから始まるのだ。
8月8日
ギャングスタードライブ
著者:戸梶圭太
出版社:幻冬舎(単行本)
発行:2000年5月10日
装丁:鈴木成一デザイン室
映画化された『溺れる魚』の映像(見たのは予告編のみ)や、和製タランティーノなんていう評価で、前から気になっていた戸梶圭太作品をやっと読んでみた。
うーん、なんというか、勢いだけはあるけど、なーんも考えてないというか。
するっと読了。面白かったのが参考文献。
「傭兵たちの挽歌」大藪春彦
「曠野に死す」大藪春彦
「獣を見る目で俺を見るな」大藪春彦
って。いや、キャラの一人が大藪オタクなだけやったんやけど。
8月11日
Y
著者:佐藤正午
出版社:角川春樹事務所(単行本)
発行:1998年11月8日
装丁:今西真紀
装画:アルジー
だいぶ以前に古本で200円で買って、でもそのまま読まずにほっぽってた本。
すでに文庫も出ているこの本を手にとったのには若干の事情があるが、そこはどうでもいいので省略しよう。
僕の中でのSFとファンタジーの違いとは、「劇中の非現実的な現象に対して、(それがハッタリやへ理屈にしても)なんらかの原理的な説明をしているかどうか」、である。もちろん説明があるほうがSFね。
その意味で僕はSFが好きであり、ファンタジーはご都合主義の匂いがどうしても消えなくて好きになれない。
この定義に従えば、本書はファンタジーである。
どうしてもやりなおさなければならない過去がある。その思い込みのみで、男は18年前の自分へと戻り、アルファベットの”Y”の字のように、枝分かれした違う人生をやりなおす。
なぜそうなるかの原理はまったくない。好きになれないパターンだ。なのに、なのに、おもしろかった。
なぜか。上手いのだ。構成の巧みさ、丁寧さが、「なんでそんなことが起こり得るねん!」というツッコミを入れる隙を与えない。むしろそんな説明入れるのは野暮である、とまで思わせる。
甘くなりすぎないリリシズム。絶妙のとこで踏みとどまってるなーチクショウ!
8月17日
田宮模型の仕事
著者:田宮俊作
出版社:文春文庫
発行:2000年5月10日
装丁:佐々木浩志
ああ、読み終わるのがこんなに惜しかった本は本当に久しぶりだ。
本書は、ミリタリーモデルの名門、田宮模型の社長が自らその歴史を語ったものである。
終戦直後の一製材業から、模型屋へと転進、そこから実機を限りなくリアルに再現するという意地とプライド、オタクパワー全開の妥協なき挑戦精神で、アメリカやヨーロッパ市場を制覇していく様は痛快そのもの!
なにせろくに戦車の資料もなかった時代、アメリカに戦車博物館があると聞けば飛んでいき、寝食取らず二日で三千枚の写真を撮って帰還。まだ露出もピントもマニュアルの時代である。そんなカメラで二日で三千枚やで!
また、冷戦時代、ソ連製戦車がどうしても取材できなかったとき、「中東戦争で鹵獲された戦車がイスラエルに展示されている」という新聞の小さな記事を読み、それがソ連製か確かめることも出来ない状態でイスラエルへと旅立ち、再び写真撮りまくり。
ポルシェをキット化するに際しては、「どうしても細部がわからん!」と、実物ポルシェを購入、分解してしまうのである! スゲエよ、あんた!
一流を極める、というのはこういうことなんだ、と打ちのめされた。
泣けるよ、ホント。
発売当初に読んでいたら間違いなくその年のベスト1に推していただろう。
僕も小学校のころ、タミヤのモーターライズリモコン戦車、買ったことがある。
また、作りたくなってきた。
8月20日
暗い宿
著者:有栖川有栖
出版社:角川書店(単行本)
発行:2001年7月30日
装丁:大路浩実
臨床犯罪学者・火村英生と作家・有栖川有栖の連作シリーズ最新刊。
今回は「宿」という共通のモチーフで繋がった四作品。
相変わらず、上手いね。特に「おお!」というほどのことはないけど、手堅く平均点をキープ(これが出来るだけで凄いといえば凄いのかな)してます。
今回の出色は「ホテル・ラフレシア」。一見無関係の人情話的エピソードを絡めながら、ふっとシニカルに落としてしまう。
「暗い宿」の「死体を埋めなおす動機付け」も上手くて感心してしまいます(ちょっとその後が苦しいが)。
そろそろスゲエ長編が読みたいなあ。出来れば学生アリスの。
8月23日
虹の解体
UNWEAVING RAINBOW
著者:リチャード・ドーキンス
訳者:福岡伸一
出版社:早川書房
発行:2001年3月20日
装丁:ハヤカワ・デザイン
ニュートンがプリズムで光をスペクトルに解体したとき、詩人キーツは「ニュートンは虹の持つ詩性を破壊してしまった」と嘆いた。
本書は、そのキーツの言を否定し、虹が解体されたことによって、むしろ次なるセンス・オブ・ワンダーが喚起され、そしてそれは更なる詩性を含むものである、という立場から書かれている。
つまり科学が内包する文学性を追及しようということであり、おお、ならばそれは、夢枕獏が名作「上弦の月を食べる獅子」で試みようとしたこととまったく逆向きの試みではないか(夢枕獏は、文学で宇宙の真理を描写しようとした)!
科学薀蓄に関する内容は正直わかりづらいところもあるが(一部飛ばし読み)、その根底に流れる目的意識は常に凛として美しい。
著者の高く純粋な志に拍手。
8月28日
R.P.G.
著者:宮部みゆき
出版社:集英社文庫
発行:2001年8月25日
装丁:安彦勝博
宮部みゆき初の文庫書下ろし。
集英社の営業の方に聞いた話では、この本は、宮部みゆき担当編集者が文庫部へ異動になるに際して、餞別として書いてくれたものだそうである。
なんかひょいひょいひょーいと軽く書かれた感じだが、それでもさすがに読ませます。
ネット上で擬似家族を演じてきた他人同士による現実の殺人事件という、現代的ではあるが、リアリティには欠ける話を、ほぼ1シーンのみの密室劇で仕上げたもので、どう考えてもネタ的には短編で収まる話なのに、なんやかんやで一冊もたせてしまって、しかもスカスカ感がないのはやはり物語作家としての才能であろう。
あっと驚くどんでん返しもあって、500円でこれなら文句なし!
8月29日
九マイルは遠すぎる
THE NINE MILE WALK
著者:ハリイ・ケメルマン
訳者:永井淳/深町眞理子
出版社:早川書房
発行:1976年7月31日
装丁:北園克衛
安楽椅子探偵系本格ミステリの名作との誉れ高き一品。
笠井潔は、「本格ミステリは、その強い論理性により、客観的評価が可能な唯一の文学形式」というようなことを言っていた。
その意味では非常に高い評価がつけられるであろう。
表題作は、探偵役のウェルト教授が「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」というただ一文のみを手がかりに、推論に推論を重ね、とある殺人事件の真相を暴きだすというもので、たしかにその論理性は読んでて心地よい。
ただ、それが面白さに直結しているかはまた別。
それなりには面白いが、やはり論理性のみで文学を評価しても意味はないなーと思わざるを得ない一作でした。
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