2001年9月
9月4日
ハリウッド・サーティフィケイト
著者:島田荘司
出版社:角川書店(単行本)
発行:2001年8月10日
装丁:芦澤泰偉
島田荘司久々の大長編1700枚。「御手洗パロディ・サイト事件」でほとんど作家としてはやってはいけないことまでしてしまって評価を大いに落とした著者だが、やはりこの人の「本格ミステリ」と銘打たれた作品が出てしまうと読まなければならない。これはもう業ですな。
で、今回の主役は性格破綻者のレオナ・マツザキです(笑)。
ハリウッドを舞台に、女優が惨殺され子宮が奪われるという猟奇事件に、(ここが島田チックなところだが)ケルト神話を取り入れ、さらに国家レベルの謎にも迫るというちょっと欲張りすぎでね―の?といいたくなるお話です。
また前半のケルト神話が長い!ほとんど「裏アトポス」って感じです。
それなりにミステリしてて、それなりに面白いけど、ちょっとプロットに無理がある。
しかもラストの一行にいたっては、「おいおい、ちょっと待たんか!」と突っ込まざるを得まい。詳しくは書けんのだが。うーむ。
あ、ちなみに皆さん御期待の例のあの人は、ちょっとだけ登場します。またしてもスウェーデンから、電話のみで(笑)。
9月7日
新しい歴史教科書を「つくる会」という運動がある
責任編集:小林よしのり
編集:新しい歴史教科書をつくる会
出版社:扶桑社(単行本)
発行:1998年11月30日
装丁:清水良洋
オウムとの闘争あたりまでは熟読していた「ゴーマニズム宣言」だが、SPA!からSAPIOに移ってからは熱心に読まなくなってしまっていた。
だから、小林よしのりらが新しい教科書を作ろうとしているという話はなんとなくは知っていたが、特に注目はしていなかった。
最近、初期の「ゴー宣」を読み返して、「あーこのころはやっぱ面白かったなー」という気分で図書館に行ったところで目に付いたので借りた本、というわけです。
しかし今の歴史教科書って、僕らのときとはぜんぜん違うな。いつからこんなに変わってしまったんだろうか。
これはどう見ても偏りがあるのは事実で、現状を打破すべく違う価値観の教科書をつくる、という試みはまったく正しく、すばらしいことである。
ただ、彼らによって新たに提示される歴史観も正しいかといえば、そこははっきり言ってわからない。
とりあえず従軍慰安婦、南京虐殺に関してはもう少し資料を読んでみようと思う。
9月10日
六人の超音波科学者
Six Supersonic Scientists
著者:森博嗣
出版社:講談社ノベルス
発行:2001年9月5日
装丁:辰巳四郎
早いものでVシリーズも七作目。
以前のS&Mシリーズに比べるとキャラなどへの思い入れは正直あまりないのだが、森博嗣の真骨頂はそういうところにはなく、常に何かしら新しい視点を示してくれるところが楽しいのである。
Simple,Sharp,Spicyの3Sを狙っているらしいシリーズだが、今回はうーん…。
なんなんだろう、この面白くなさは。
ストーリーが妙に平板で盛り上がらない。いや、さっき言ったように、森博嗣の場合、そんなことはむしろどうでもいいのだが、「新しい視点」がまず見えないのである。
僕が理解できていないだけ、といわれればそれまでだが、これでは凡百のミステリと変わらんよー。すんません、今回は×とさせていただきます。
9月14日
「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実
編著:吉見義明・川田文子
出版社:大月書店(単行本)
発行:1997年6月24日
装丁:釣巻敏康・船田久美子
検証「従軍慰安婦」増補版
著者:上杉千年
出版社:全貌社(単行本)
発行:1996年9月12日
装丁:???
早速従軍慰安婦問題に関して、反対の主張をしているらしい二冊を読んでみた。
非常に大雑把なくくり方をすると、上の「『従軍慰安婦』をめぐる30のウソと真実」は日本軍による朝鮮人慰安婦強制連行が「あった」派、下の「検証『従軍慰安婦』増補版」が「なかった」派である。
まず感想を述べると、正直言ってどっちもどっちである。
資料は失われたものが大半で、証言はもはやあいまい、というそもそも実際に検証できる事実が少なすぎて、お互いが相手の揚げ足を取ることに終始して目的を喪失してしまっている感がある。
相手が正しい部分は素直に認めるという、議論に不可欠な前提が成立できていないために少々見苦しいところもある。
ただ、あえてどちらかというなら、「あった」派のほうが整合性があり、納得できる主張であった。
ただ、あったかどうかろくに検証されていない段階で、抗議があっただけであわてて謝罪してしまった日本政府の対応はホント情けないなー。
その意味で「なかった」派がいうところの「自虐史観」も理解できる。
とにかく両者とも、未来を考えれば強調できる部分があるはずなので、前向きになることを望む。
9月17日
野坂昭如コレクション1
著者:野坂昭如
出版社:国書刊行会(単行本)
発行:2000年9月11日
装丁:下田法晴
野坂昭如全盛期のベストセレクション第一巻。
小説を書くのに、豊富な人生経験はあるに如くはないが、なくてもそれほど関係ねーやと思っていた。
しかしこの本を読んで、やっぱ経験って大事やんけ、と痛感した。
とにかくディティールが違うのだ。
「死」にまつわる仕事をシステム化して事業を拡大していく短編「とむらい師たち」など身近な死を多数経験していないと書けるものではあるまい。
しかもただ経験の羅列ではなく、エンターテイメントとして詰め込みすぎるほどアイデアを詰め込んで肉付けしているのがエライ。
知らぬ間に場面や時間が飛んでいたり、会話文と地の文がほとんど融合して何がなにやらわからなくなってくる特殊な文体も慣れると快感。
参りました。
あーしかし短編集は疲れる。
9月22日
暗号解読
The Code Book
著者:サイモン・シン
出版社:新潮社
発行:2001年7月30日
装丁:吉田篤弘・吉田浩美
前作「フェルマーの最終定理」は、僕の昨年度のノンフィクション部門ベスト1に輝いた。
その著者の新作とあっては読まぬわけにもいくまい(でも図書館)。
この本は文字通り、「暗号」の作成と解読にまつわる歴史、ドラマ、未来への展望を盛り込みすぎてはみ出すくらい盛り込んだ本である。
相変わらず、専門的といっていい内容を、平易に分かりやすく説明し、なおかつポイントもきっちり抑え、しかも面白く書くというテクニシャン振りを発揮している。
特に「鍵」のジレンマを解決していく研究者のくだりは興奮する。
メッセージを暗号化しても、それを復元する鍵(キーワード)は事前に両者が共有していなくてはならない。なら鍵はどうやって先方に渡すのか?それも暗号化してしまうならさらにその鍵が要る。結局手渡しするしかない。しかし安全のためには日々鍵を代えなくてはならない。逐一鍵を手渡しするならメッセージをそのとき渡せばいい…。
1970年代になって、ついにこのジレンマを解決する手法が現れた。
なんと各個人の鍵を公開してしまい、なおかつハッキングされないという魔法が発見されたのだ!
その詳しい仕組みは読んでのお楽しみ。目から鱗が落ちるぜ!
ドイツ軍の暗号機械エニグマの開発、そして解読される過程もスリリングだ。
とにかく卓越した筆力がすごいね、この人。
9月27日
ショージ君の旅行鞄
著者:東海林さだお
出版社:文藝春秋(単行本)
発行:2001年6月30日
装丁:和田誠
実はショージ君のエッセイはもう、むちゃくちゃに大好きなのです。
うちは家族全員がショージマニアで、僕が小学校のころから、あらゆるショージ本が家に氾濫してました。
いまだに表紙もなくなってシミだらけのぼろぼろの文春文庫が家にたくさんあります。
はっきり言って特に初期のエッセイはフレーズを暗記している箇所がいくらでもあります。
こんなに繰り返し読んだ本はかつてないでしょう。
なぜこんなに好きなのか。
はい、それはやはり単純だけど面白いからなのです。
見事に共感できる視点のひねくれ方、緩急わきまえた言葉の用い方、自身によるイラストの的確さ、とにかく「上手い」のです。
で、今回は旅モノのベストセレクション。
先ほどぼろぼろのものが家にたくさんある、と書きましたが、ぼろぼろの親しみゆえに、散逸してしまっているものも多々あります。数年ぶりに思わぬところから発見されて読むのがまた楽しみでもありますが、今回、そんな感じで、懐かしい、でも読むとすぐにフレーズが思い出せるエッセイ満載で楽しみました(もちろん、ほぼすべてかつて読んでいる)。
まあホントのこというと、ここ数年は(特に漫画において)ちょっと衰えが見えてきたな…という感覚もありますが、いや、まだまだやれます。これからも追い続けます。
9月27日
女郎蜘蛛
著者:富樫倫太郎
出版社:光文社(単行本)
発行:2001年7月30日
装丁:泉沢光雄
装画:茂本ヒデキチ
ノワール好きとしては、「比類なき大江戸暗黒小説」と帯に書かれては読まずにはおれまい。
江戸時代、盗賊の罪は重い。十両盗んだら問答無用で死罪。
なら、大店から数千両盗む大盗賊は、つかまればどっちにしろ死罪と、証拠を残さぬため、家人は皆殺し、家には火をつけて逃走したという。
閻魔の藤兵衛率いるそんな残酷無比の盗賊団と、これまた鬼といわれる火付盗賊改・中山伊織。両者の攻防を軸に、多彩な人間ドラマや、エゴイズムを書ききった、まさにノワールな一品。おもしろい!
今ひとつ、登場人物の役割が整理されていない感もあるが、この熱気はよし!
装丁もイカスぜ!
[書評部屋トップへ]
[トップへ戻る]