2003年6月


6月5日

痴呆の謎を解く
痴呆の謎を解く

アルツハイマー病遺伝子の発見
Decording Darkness


著者:R・E・タンジ/A・B・パーソン
訳者:谷垣暁美
監修:森啓
出版社:文一総合出版
発行:2002年9月10日
装丁:ドモン・マインズ

アルツハイマー病は、単に脳が老化して活性化しなくなるために起こる病気ではない。
早発性では三十代から発症する遺伝性の病気であり、その因子を受け継ぐものにとってはまさに恐怖の病気である。
何しろ自分の親や祖父、祖母がボケていく様子を仔細に眺めているのだ。自分もそうなる可能性を考えてしまう、その恐ろしさはタダゴトではない。
この本は、そんなアルツハイマー病は、ヒトの遺伝子のどの部分のどういう変異によって発生するのかをひたすら追い続けた科学者のノンフィクション。
専門的なところは正直よくわからないが、いざ問題の遺伝子を特定したときなどの科学者同士の駆け引きの世界がおもしろい。
脳への副作用によりワクチン開発が断たれた今、果たして決定的な薬は出来るのか、そして発症そのものを抑えることは出来るのか、まだまだ問題は山積。
しかし世の中にはまだまだ解明されるべき病気はあるんだよなあ。
「エキスパート」への憧れをいっそう増してくれた一冊でした。


6月8日

上高地の切り裂きジャック
上高地の切り裂きジャック


著者:島田荘司
出版社:原書房
発行:2003年3月20日
装丁:岡孝治

御手洗モノ中篇書き下ろし「上高地の切り裂きジャック」に、以前「季刊島田荘司」に掲載した中篇「山手の幽霊」をカップリングした一冊。
「上高地の切り裂きジャック」ですが、むむむむう、なんだかなあ。
実は、最近の島田荘司の書く小説の「ネタ本」を偶然先に読んでしまっていることが多く、しらけてしまうのである。
短編「ヘルター・スケルター」のときはブレインサイエンス系の本からいろいろ借用していたし、今回は、ネタバレしてはいけないかもしれないので言わないけど、去年読んだノンフィクションから安直に使ってました。
いや、もちろん資料として読み込んで使うのは当たり前ですけど、なんかあまりに直接的に用いるので、ちょっとなあ。
偉そうに言うが、もう少し咀嚼して書けないのだろうか。昔はこんなことなかったような気がするが。
「山手の幽霊」は以前読んでいたが、これはいいです。昔の御手洗シリーズに引けを取らない傑作です。


6月8日

超常現象をなぜ信じるのか
超常現象をなぜ信じるのか


著者:菊池聡
出版社:講談社(ブルーバックス)
発行:1998年9月20日
装丁:芦澤泰偉

超常現象を信じてしまったりする心に代表される、われわれの思い込みというバイアスがどう働いているのかを、認知心理学の立場からやさしく解説した良書。
以前同じ著者による同系等の本を読んだときにも思いましたが、わかりやすいです。
例えば、多くの人が神秘体験として感じている「死んだ人が夢枕に立つ」という現象がどのくらいの頻度で起こるものなのか、シンプルにモデル化して確率を計算して具体的に示してくます。
ちなみに結果は、日本だけで年間4000件は起こっていることになります。もちろんシンプルにモデル化しているので正確ではないですが、それでも低く見積もっています。
いかに自分が「確証バイアス」を持っているのかをメタ的に自覚し、冷静に判断すること、その大事さを教えてくれます。オススメです。


6月14日

暗黒童話
暗黒童話


著者:乙一
出版社:集英社
発行:2001年9月30日
装丁:多田和博
イラスト:西口司郎

何かと話題の乙一、実は初めて読みます。
そもそも短編作家であったようで、これは初の長編だそうです。
いや、これがおもしろかった。かなりハカタツボを刺激してくれました。
「爽やかなグロさ」とでもいうのか、凄くダークなイメージが支配しているのに、なぜか透明感がある。
移植された人体パーツ(この場合眼球)に、前の体の記憶がフラッシュバックするという設定はホラー系ではよくあるネタだと思いますが、そこはこの場合主眼ではなく、やはりこの作品においては「痛みを与えずに生命体を破壊する(逆に永遠の生を与える)」能力を持つ絵本作家、三木の設定が優れています。
このオリジナルな能力で、乱歩チックなグロさと、哀切ある爽やかさが生まれました。
僭越なことを言わせてもらえば、僕がしようとしている小説作法に極めて近いところにいる作家だと思います。
機会を見て、乙一をチョコチョコ読んでいこうと思います。


6月14日

葉桜の季節に
葉桜の季節に君を想うということ


著者:歌野晶午
出版社:文藝春秋
発行:2003年3月30日
装丁:京極夏彦 with FISCO

主人公は女性とセックスしまくる何でも屋であり、悪徳商法会社の偽装殺人事件を追う展開といい、時折挿入される過去の惨殺事件といい、ロマンチックなタイトルと裏腹な展開と思いきや、いやーやられました。見事に引掛けられました、ちきしょう!
この手があったか、て感じです。うーん、なんのことかわからんでしょうが、詳しくかけないのです。おもしろかったです。


6月14日

猛虎会
新本格猛虎会の冒険


著者:有栖川有栖他
出版社:東京創元社
発行:2003年3月28日
装丁:大山彩
イラスト:いしいひさいち

阪神タイガースをネタにした本格ミステリアンソロジーというなんのこっちゃな本です。
そもそも阪神ファンで有名な北村薫と有栖川有栖が東京創元社の人と甲子園に行ったときに出た企画らしい。本気で出すか。
当方は特に阪神ファンでも野球ファンでもないので(なら読むなよ)、正直あまり入り込めませんでした。
しかしどちらかというと阪神ファンよりも本格ミステリファン向けだとは思います。
おもしろいのがエドワード・D・ホックの存在。
ミステリ界では著名ですが、まさか阪神ファンでもあるまいに、と思って読んでみると、見事に日本を舞台に、阪神のピッチャーが誘拐されるサスペンスを書いている。
「甲子園駅三時発の梅田行きの電車に乗れ!」とか。
翻訳者が相当に意訳して書いているようにも思いますが、真相不明。
ベストは黒崎緑「甲子園騒動」かな。


6月20日

花火
花火


著者:大槻ケンヂ
出版社:メディアファクトリー
発行:2003年6月13日
装丁:沼田元氣

「特撮」(オーケンが今やってるバンド)の新曲三曲入りCDがおまけについたお得な詩集。
筋肉少女帯と特撮に関しては大体全部聴いてるので知ってるものがほとんどかと思いきや、ソロや別ユニット、他アーティストへの提供曲はほとんどノーチェックだったので、意外と知らないのがあります。
しかしやはり曲がないと魅力が半減しますね。いや、詩に魅力が欠けるわけではなく、曲(特に橘高文彦によるドラマチックなハードロック)があれば魅力が倍増するという意味です。 詩自体の魅力は恐ろしくあります、もちろん。
今回初めて知った詩で、漫画家新井理恵の「×(バツ)」という作品のイメージアルバム用に書かれた「空手カマキリ夫人音頭」というのが馬鹿馬鹿しくてよかったので、さわりだけご紹介。しかしなんつーしょうもないタイトル…(笑)。

わるぞ カワラを十六枚
よーし いなせだもう二枚
うっふん感じるあと五枚
イヤ〜ン バッカ〜ン でも一枚
イヤ〜ン バカ〜ン カマキリ
パカ〜ン パカ〜ン かわら割り
燃えよヌンチャク カマキリ夫人音頭


書き写して情けなくなってきた(笑)。


6月20日

錯覚の心理学
錯覚の心理学


著者:椎名健
出版社:講談社(講談社現代新書)
発行:1995年1月20日
装丁:杉浦康平+佐藤篤司

ま、タイトルどおりの本です。
ちょっと最近小説モードになってたのであまり集中して読めませんでした。
基本をきっちりと抑えた良書だと思います。
うう、書くことがない…。


6月20日

煙か土か食い物
煙か土か食い物


著者:舞城王太郎
出版社:講談社(講談社ノベルス)
発行:2001年3月5日
装丁:Veia

いや、やられた。これはすごい。久々に「天才の迸り」を感じた気がする。
「密室?暗号?名探偵?くだらん、くたばれ!」
というキャプションが示すとおり、これこそが真の意味で「アンチ本格ミステリ」ではないか。
本格ミステリのコードを踏襲するのではなく、メタ化するのでもなく、斜に構えて逃げるのでもなく、真正面から向き合った上で、ファックとばかりに丸めて投げ捨てる。
文章もプロットも荒削りだが、この巨大の才気の前にはそんな些末なことはどうでもいい。
徹底して感覚(センス)の冴えなので、この際内容は紹介してもあまり意味がない。合わない人はまったく合わないだろうが、今回はピンポイントで突き刺さりました。
メフィスト賞はどうしても好きになれなかったが、その偏見で二年間もこんな傑作を見逃していたよ! 反省だ。猛省だぜマザファッカー!。


6月28日

重力ピエロ
重力ピエロ


著者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
発行:2003年4月20日
装丁:新潮社装幀室

何かと今評判の高い伊坂幸太郎最新作。
前作「陽気なギャングが地球を回す」 がわりとB級好きのツボにはまって楽しめたのだが、本作はちょっとA級ノリにシフトしたというか、ブンガク的方向にいっちゃって複雑な心境です。
やたらひけらかされる雑学がちょっと鬱陶しくて、「それストーリーに関係ないやん!」と思うことしばしば。
うん、そう。衒学というよりは雑学。
なんかちょっと反感覚えてしまって素直に楽しめませんでした。
とかいってるうちに直木賞の候補になってしまってます。そこまでじゃないと思うんだが。


6月28日

惜春
惜春


著者:花村萬月
出版社:講談社
発行:2003年4月24日
装丁:大久保伸子

さて、花村萬月待望の新刊は70年代のトルコ風呂が舞台の青春モノ。
いや、もうこんなの書かせたら無敵です、萬月。
半分騙されるようにつれられて滋賀県琵琶湖畔の風俗歓楽街、雄琴のトルコにボーイとしてやってきた青年(もちろん童貞!)が経験する哀しくも面白おかしいさまざまなこと。
せつないです。ほんとにせつないです。
萬月文学の凄いところは、純文学とエンターテイメントの境目がまるでないところだ。
誇らしげでもなく薀蓄でもない膨大な知識の語り方と、哲学的なまでの形而上の思索のバランスがちょっとどちらかに傾くだけで、純文学にもエンターテイメントにも容易に切り替わる。
「ゲルマニウムの夜」(名作!)なんか、芥川賞取ったけど、直木賞でもまったく問題ないもんね。
本作では、琵琶湖畔で客の使用済みコンドームを焼くシーンが最高!
せつなすぎるぜ、萬月。


6月28日

街の灯
街の灯


著者:北村薫
出版社:文藝春秋
発行:2003年1月30日
装丁:京極夏彦 with FISCO

さあ、北村薫の新刊は昭和初期の上流階級のお嬢様の世界を舞台にした連作ミステリ。
謎めいた女性運転手、ベッキーさんとともに難事件を推理するお嬢様のお話です。
このベッキーさんの位置付けが、探偵小説としてなかなかおもしろいのです。
立場としては、探偵に情報を与え、フォローし、読者と探偵を繋ぐ、いわゆるワトソンであるのですが、明らかに探偵としての資質が主人公のお嬢様より優れているのです。
名探偵並に、ほぼ先に真相を看破していて、お嬢様にそれとなくヒントを与えて解決させる。
なんだが傲慢な立場といえばそうですが、この二人の息が合っていて、時代背景、職業設定などからも実にしっくりくるように出来てます。上手いですねえ。
ベッキーさんの謎に迫る続編などがありそうですね。期待しましょう。


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