2004年4月


4月2日

大森望・豊崎由美
文学賞メッタ斬り!


出版社:PARCO出版
装丁:鈴木成一デザイン室
装画:天明屋尚
発行:2004年3月18日
ISBN:4-89194-682-2
定価:1600円

いやはや、面白怖い本です。
小説家志望者のための文学賞対策ガイドではなく、あくまで文学賞そのものを肴にして楽しむための下世話な放談です。
芥川賞選考における「テルちゃん(宮本輝ね)」の弊害をボロクソにぶった切り、直木賞における「ジュンちゃん(渡辺淳一)」も読んでてかわいそうになるくらい(そして笑い転げるほど)ぶった切る。まさにメッタ斬り。
津本陽の身も蓋もない選評、大沢オフィスキリ番ゲットの法則など、ここまで居酒屋バカ話的放談を堂々と本にしてしまうとは、大森さんと豊崎さんの業界での立場が心配になってしまいますが、まるで気にしていないようですね。
それにしてもこの二人の圧倒的な読書量。どうやったらこんなに読めるんでしょうかね。他にもいろいろしているのに…。


4月2日

桐野夏生
残虐記


出版社:新潮社
装丁:新潮社装幀室
装画:水口理恵子
発行:2004年2月25日
ISBN:4-10-466701-3
定価:1400円

以前新潟であった少女監禁事件を下敷きにしていると思われるフィクションです。
小学生のときに誘拐され、一年間をアパートに閉じ込められていた女性が、後に小説家となり、出獄した犯人からの手紙を契機に手記を残して失踪した、その手記という体裁の本です。
という設定から、ややメタフィクショナルな展開も見せますが、主眼はそこではなく、やはり一年間をともにした被害者と加害者の交流の複雑な心理を描くことがメインでしょう。
ストックホルム症候群とはまた違う意味での加害者への思慕、いや、むしろ被害者による加害者への優越意識という微妙な感情。
そこから派生した、被害者が加害者の心を空想し、フィクションとして組み立てていく恐ろしさ(それを描写して、彼女は作家となるのである)。
なかなか深いです。短くシンプルな話だけに、物足りなさも残りますが、それ自体計算でしょう。物語としてのその欠落感が怖いのです。


4月10日

森達也
ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー


出版社:角川書店
装丁:緒方修一
発行:2003年7月10日
ISBN:4-04-883828-8
定価:1700円

最近はまってる森達也です。
今回のネタは、クォン・デ。知っていますか? 僕は知りませんでした。
おそらくほとんどの日本人は知らないでしょう。
森達也もそうだった。ベトナムからの留学生にその男のことを訊かれ、「なぜ日本人は皆知らないのか」と詰め寄られた。
ベトナム王朝の正当な王位継承権利者であり、二十世紀初頭のフランスによる植民地圧政の中で、革命の象徴たる存在。
革命を夢見たクォン・デ、そしてベトナムの若者達はこぞって日本へとやってきた。当時、ロシアを破った日本はアジアの希望の星として彼らの頭上に輝いていたのだ。
しかし、妻も子も残したやってきたクオン・デが祖国の土を踏むことは二度となかった。
その過程を森は執拗に追跡し、時には虚構も交えて描写する。そう、真に客観的ドキュメンタリーなどありえないことを自覚している森は、あくまで「僕にとっての真実」を活写する。
相変わらず潔い思想だ。しかし、それは森自身の悩み、あいまいさをもすべてさらけ出す。
その振幅の大きさに、森の真骨頂があるのである。


4月10日

森博嗣
すべてがFになる


THE PERFECT INSIDER

出版社:講談社(講談社ノベルス)
装丁:辰巳四郎
発行:1996年4月5日
ISBN:4-06-181901-1
定価:854円

再読です。
出た当初に読んだ覚えがあるので、もう八年も前になるんですね、しみじみ。
先日、この森博嗣の最新作「四季」が春夏秋冬の四部作として完結したので、それを読むための復習再読なのです。
というのも、デビュー作であるこの「F」、そしていわゆるS&Mシリーズの(とりあえずの)最終作「有限と微小のパン」のキーキャラクター、真賀田四季が「四季」の主役(なのかな?)だからです。
さらに「四季」ではこれまで大量に出版されてきた森博嗣作品の世界観がことごとくリンクされてしまうようなことも聞いたので、きっちり復習しておかねば、と思った次第。
いやそれにしてもこの作品、めちゃめちゃ面白いですね。
人工の極みのような閉鎖空間での殺人事件、都市や建築に対する先鋭的な思想、やたらIQの高いキャラ、すべてがシャープに切れてます。
ミステリとしてはわりと古いフレーム(なんせ「本格」ですから)を用いながらも、ここまで過剰な装飾を施せばそれは最先端と化すのです。拍手です。


4月20日

竹熊健太郎
マンガ原稿料はなぜ安いのか?


出版社:イースト・プレス
装丁:関善之
イラスト:羽生生純
発行:2004年2月29日
ISBN:4-87257-420-6
定価:1200円

たまたま古本屋で見つけて面白そうだったので。
竹熊健太郎といえば、あの相原コージと組んで創りあげた歴史的・画期的マンガ論「サルでも描けるマンガ教室」ですが、もう十年以上経つのにいまだあのイメージとはある意味つらいもんでしょうね。
タイトルの事象を深く掘り下げた本ではなく、まあそんなことも含めてマンガに関する話題をいろいろと書いたものを収録したものです。
これが意外とというか、いたってマトモなことばかりを論じてます。
拍子抜けな感もありますが、こういう当たり前のことを書く人は確かにあまりいないので、やむを得ないのでしょうね。
特に「マンガ原作」に関する方法論確立の提言などは傾聴に値します。
でもやっぱもう少しはじけて欲しかったな。


4月10日

森博嗣
有限と微小のパン


THE PERFECT OUTSIDER

出版社:講談社(講談社ノベルス)
装丁:辰巳四郎
発行:1998年10月5日
ISBN:4-06-182043-5
定価:1200円

「F」に続いて再読です。
S&Mシリーズ10作目にして、英語タイトルが示すように、「F」と密接にリンクしたお話です。テーマは「バーチャル・リアリティ」。
すごいです。冴えに冴えてます。テーマパークという丸ごとバーチャルな世界を舞台に、さらにバーチャルなマシーンのテスト中に起こる密室殺人。
「あの天才」がついに再登場。衝撃の謎解き(テーマとのリンクの仕方が素晴らしい)。
叙情性溢れるラスト。完璧ですね、これは。
再読して思い知りました。
何から何まで計算して作り上げている(少なくともそう思わせる)、その精密な人工性が震えるほどの快感を呼びます。拍手です。
さあ、次は「四季」です。これこそが森博嗣が一番描きたかったことに違いない。そう思います。


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