2ヶ月連絡を絶った。
(人はたった2ヶ月じゃない、と言うかもしれない。
けれど、私にとってはとてつもなく大きなことだった。)
 
彼から連絡がくることは、なかった。
 
 
 
9月1日、深夜12時。
久しぶりに限界まで飲んで、男の人に車で送ってもらった。
家に着いて、酔って混乱したままの(或いは本能剥き出しの)気持ちで、
彼へ電話を掛けた。
話す内容なんて考えていなかった。
ただ、彼と話がしたかった。
 
プルルルという2度のコールの後、彼が出た。
「もしもし?」
「もしもし。あー、今ダンサーインザダーク見てるけん後で電話して良い?
多分20分くらいで終わるけえ。」
 
わかった。と言ってすぐに電話を切った。
 
それから、家を出た。
 
20分間散歩をした。
 
ぴったり20分過ぎてベンチに腰を掛けた。
電話は鳴らない。
 
女の人といるんだろうか?よくない不安が頭を過った。
 
ベンチに腰を掛けたまま、宙を眺めていたら、
自転車に乗ったおじさんに声を掛けられた。
「何をしてるんだね?」
やばい。そう思って、その場を立ち去ろうとしたら、
「警察なんだが、何をしてるんだね?」
と警察手帳を見せられた。
「・・電話を待ってるんです。」
ベンチに腰掛けたままそう答えると、
「女の子がこんな時間にひとりでいるのは危ないので早く帰りなさい。」
と言い、去っていった。
私服警察官だったのか、警察官じゃなかったのか、わからなかったけれど、
立ち去ったおじさんが再び戻って来ることはなかった。
 
かさかさと枝葉が揺れる音を聞きながら、
酔いが覚めゆくのを感じていた。
 
なんで電話してしまったのだろう。
電話、掛かってこないのかもしれない。
そう思った。
たった一度の電話を後悔した。
 
ベンチに座ってから、30分が過ぎていた。
素足剥き出しでサンダルを履いた私の足は、夏の夜の虫にやられ、
ところどころ膨れ上がっていた。
痒くてたまらなかった。
深夜にこんなところに居るべきじゃない。
けれど、身動き取れなかった。
彼の電話を待つことしかできなかった。
 
あまりに無防備な気持ちだった。
 
 
あと10分待って電話がこなければ家へ帰ろう。
今度こそ電話なんてしない。二度としない。
そう決めた。
そう決めなければ、
何時間もこの場所から動けないような気がした。
だから、無理矢理に、そう決めた。
 
1分1分が嘘みたいに短かった。
 
10分なんてあっという間だった。
 
半ば諦めた気持ちでいたので、すっくりと立ち上がって
家に向かって歩いた。
 
早く布団に入りたい。そう思った。
 
 
 
歩き出してすぐに、
思いもよらず、右手に持った携帯が鳴った。
 
文字盤に、彼の名前が緑色に浮かび上がっていた。
 
少し待って、電話に出た。
 
「ひさしぶり。終わったよ。」
そう彼が言う。
「うん。」
受話器を握り締めながら、ベンチに戻った。
「思ったより残りが長かって、」
 
それから1時間ばかり話をした。
映画の話と夏休みの話。彼の話、私の話。
いつものように、とりとめもなく、話をした。
 
一時期鬱状態だった。と彼は言う。
とても凹むことがあったのだ。と言う。
 
「それはなんなん?言えんこと?」
と聞くと、
いろんなことが重なって。と有耶無耶に流された。
だから、私もこの夏、今まで生きてきた中で一番酷い鬱状態であったことを
彼には話さなかった。話せなかった。
 
「夏休みはわりといつもどおりだったよ。」
と小旅行に行ったことを告げた。
 
私が告白をするあの日まで、
彼は、彼の中の一大事を私には隠さず話してくれた。
同級生が自殺したときのこと、
好きな人がいること(彼は恋人もちの女の子のことを一途に好きだった)、
単位が取れず留年しかけたこと。
決してあの子は知らないことを、私は知っていた。――と思う。
 
だから、彼とはわりと恋愛の話をしてきた。
けれど、あの日からお互いに恋愛の話は避けるようになっていた。
どちらも、お互いの恋愛事情を探らない。なにも。
 
「なにかいいことあった?」
と彼が聞く。
「ずっと行きたかったドライブインシアター行ったよ。」
私はそうやって、男の匂いを漂わせた。
愚かな駆け引き。
男の人と行ったことは事実だった。
けれど、それはほんとうにただの友達である人と、だった。
恋人なんていなかった。
彼を好きになってから、ずっと、好きな人も恋人もいない。
「まだ、あなた以上の人、見つけられない。」
そんなこと、口が裂けても言える訳がなかった。
 
彼が私に求めているのは、恋愛ではない。
一方的な恋愛感情は、重荷になるだけだ。
あの日、十分過ぎるほど思い知った。思い知らされた。
「友達でいたい。」
そう言われた。
「ごめん。やっぱり恋人として見れない。」
「ごめん。辛いなら、暫く会わなくてもいいから。俺はただ、友達でいたい。」
涙を流す私の前で、
彼はそう言い放った。
あの日、彼にとっての私の存在や価値について、
思い知っていた。
友達でいたいという台詞も、慰めに過ぎないのかもしれない。
そんなことも、わかっていた。
けれど、彼は私を突き放してはくれなかった。
ぎこちない日々を過ごしながらも、戸惑いを隠しながらも、
泊めてほしいと頼めば、泊めてくれる。
電話をしたら、出てくれる。
完全なる拒絶を、彼は決してしない。
それは、
彼の狡さであり、優しさであるのか。
 
 
 
電話が終わるころ
「今度の水曜遊びに行っていい?」
と聞いたら、
「3人(私たちの共通の友達の男の子を含めて)で前みたいに飲もうや。」
と。
 
そうやって、彼は絶妙の距離で私との関係を保つ。
 
「じゃあ、また水曜日に。」
「うん、元気で。」
 
自分が酷く傷ついているのを知りながら、
私は友達ごっこを続けている。

確信犯で、致命的だ。