2002年11月


11月2日

最後の記憶
最後の記憶


著者:綾辻行人
出版社:角川書店
発行:2002年8月30日
装丁:角川書店装丁室

というわけで、「週刊文春」年末のベスト10投票のためにミステリーまとめ読みスペシャル月間に突入。
といいつつ、これはホラーだったりする。
なんと綾辻七年ぶりの長編。ちょっとサボりすぎじゃないか?
アルツハイマーに冒された主人公の母。少しずつ、少しずつ記憶が抜け落ちていき、最後に残されるのは最も強烈に焼きついた記憶であるという。
それは、母にとって、幼いころ襲われた殺人鬼の記憶。
主人公は母の記憶がなんだったのかを探す旅に出る。
因習的な村が出てきて何やらおどろおどろの伝奇ホラーの様相を呈してくるが、おどろっぷりも怖さ自体もどうにも中途半端で苦しい。
スーパーナチュラルなホラー要素に、ミステリ的仕掛けを弄すという構造は自身の「殺人鬼」にも通じるものだが、あの大傑作(笑)には及ばなかった。


11月2日

踊り子の死
踊り子の死

DEATH OF A DANCER

著者:ジル・マゴーン
訳者:高橋なお子
出版社:東京創元社(創元推理文庫)
発行:2002年9月27日
装丁:岩郷重力 + WONDER WORKZ.

前月読んだ「騙し絵の檻」の著者、ジル・マゴーンの最新作。
イギリス全寮制の学校の舞踏会の夜、色情狂の噂がある副校長の妻が暴行を受け殺された。殺ったのは誰か?
これだけ。ただ、これだけ。シンプル極まりない物語を地味に地味に描いているだけなのに、何でこんなに面白いのか。
登場人物が皆ビミョーに常軌を逸している部分があるのがリアルで怖い。あくまで「普通の人」の範囲で、でも、「あ、この人ならこういうことやりかねんな」と思わせる舵取りが絶妙。
「意外な真相」は意外ゆえにムチャがあることが多いが、これなら納得。面白かった!パチパチ。


11月2日

髑髏島の惨劇
髑髏島の惨劇

RIPPER

著者:マイケル・スレイド
訳者:夏来健次
出版社:文藝春秋(文春文庫)
発行:2002年10月10日
装丁:石崎健太郎

カナダで発生した連続猟奇殺人。顔面、頭皮は剥がされ、臓物は垂れ下がり、もうぐっちゃぐちゃ。
前半はスペシャルXという組織の警官たちがプロファイリングしながら犯人像を突き詰めていく科学捜査薀蓄と、犯人側の猟奇オカルト薀蓄が詰め込まれた追跡劇。これが滅法面白い!
ミョーにオタクな知識と下品なまでなエンターテイメントぶりににやけながらページを繰り続け、あれ、ふと気づくともう半ば過ぎ。「おい、まだ髑髏島出て来てへんぞ!」 と思ったところで唐突に舞台は髑髏島に移り、唐突に密室殺人なんかが起こって探偵が推理したりして本格ミステリと化してしまう。なんなんだこの節操のなさは!
どう考えても構成が乱暴で強引なのだが、それすら長所に見えるような異常なパワーが漲っていて満腹感はバッチリ。怪作だ!


11月2日

容疑者の夜行列車
容疑者の夜行列車


著者:多和田葉子
出版社:青土社
発行:2002年7月7日
装丁:中島かほる

職場の人に「今年のミステリで面白かったの教えて」と聞いて回って、その内の一人からこれを教えられた。
ふうん、これってミステリなのかと読み始めたところ…え、あれ?やっぱちがうんとちゃう?
まあ「ミステリ」というカテゴリーがもはや境界不明となっている現状を考えればこれでもいいのかもしれないけど、でもやっぱり、うーむ。
まあ、それはそれとしてなかなか面白かった。なんだかふわふわと現実感のない世界を主人公があちらこちらと夜行列車で旅していくという連作ですが、なんだかフェリーニの映画のようでゆったりと楽しめました。


11月11日

十八の夏
十八の夏


著者:光原百合
出版社:双葉社
発行:2002年8月30日
装丁:丸尾靖子

実は北村薫から連なるほのぼの系というか、癒し系というか、あまり人が死なない「日常の謎」タイプのミステリはあまり好きではなかった。
本作もそのタイプ。「花」をモチーフとしたリリカルな連作短編集なのだが、いやあ、これがメチャメチャ良かった!
とにかく丁寧で隙も無駄もない構成、綿密な伏線。ラストでそれまで撒いてきた伏線の種が一気に花開く快感。上手すぎる! 特に日本推理作家協会賞受賞の表題作が抜きん出てます。
前作「遠い約束」があまり気に入らなかったせいで偏見持ってました(あれはイラストが悪かったよな)。すみません!
これは今年のベスト5入り確定です。拍手!


11月11日

空想科学漫画読本2
空想科学漫画読本2


著者:柳田理科雄
出版社:日本文芸社
発行:2002年7月25日
装丁:下平正則

漫画のひとコマ、1ページからどれだけ科学的解析が出来るかにチャレンジしたシリーズ。
・新聞で雨戸を突き破れるのか?(恐怖新聞)
・指で湯飲みに穴を開ける?(空手バカ一代)
・抗議ハガキで床が崩落!何枚来たのか?(お天気お姉さん)
などなど。
誇張された漫画表現の、それも1シーンだけ抜き出して考えるのなんてナンセンス、なんて言うのは野暮なことです。面白いからいいんです。
簡潔に状況を図解したイラストが秀逸。プププ。


11月17日

クリプトノミコン

クリプトノミコン1 チューリング
クリプトノミコン2 エニグマ
クリプトノミコン3 アレトゥサ
クリプトノミコン4 データヘブン

CRYPTONOMICON

著者:ニール・スティーヴンスン
訳者:中原尚哉
出版社:早川書房(ハヤカワ文庫SF)
発行:2002年4月20日〜7月20日
装丁:ハヤカワ・デザイン

ようやく読み終わりました。全4巻1800ページ。
ニール・スティーヴンスン最新大河冒険小説。
前々作「スノウ・クラッシュ」、前作「ダイヤモンド・エイジ」 と、80年代サイバーパンクを現代にマッチするよう見事にカスタマイズしたこの手練れが今回挑んだテーマは「暗号」。
第二次大戦中と現代、二つの時代を交互に描き、戦時中の暗号戦争と現代の最新コンピュータによる情報戦争をリンクさせ、日本軍が戦争末期にフィリピンに隠した財宝を探せ!というベタな小道具も用意しながら、そんなこと詳しく述べんでいいねんという些細なことを延々ウンチク垂れつつ、構成しっかりしてるようでなんも考えてないようで結局のところ面白かったのかどうかすらよくわからない境地へと煙に巻きつついざなってくれます(なんのこっちゃ)。
要は話自体ではなく、この幻惑されているという感覚が実に面白くなってくるわけです。
しかし今回SFネタは一切なし。いくらSFプロパーの作家といえど、SF文庫で出す必要もない話と思います。これで腰が引けてる読者もいるだろうに。もったいない。


11月17日

SMアンダーグラウンド
SMアンダーグラウンド


著者:入江吉正
出版社:バジリコ
発行:2002年9月12日
装丁:緒方修一

少数の性的倒錯者の水面下でのつながりを「SM」「スナッフフィルム」に焦点を当てて追跡したルポ。
スナッフフィルムとは、ホンモノの殺人シーンを収めた裏ビデオ(フィルム)のことで、数ある裏モノの中でそのヤバさは最高峰といえよう。
去年、日本に不法滞在していたルーシー・ブラックマンという女性が失踪し、数ヵ月後バラバラ死体が発見されるという事件があったが、彼女はスナッフフィルム製作のために誘拐されたという説がある。
とあるSM愛好会に所属するその趣味のある男が実行したに違いない、と同会の別の男がタレ込んだ。彼もその計画に参加を促されたことがあるのだ。
警察がその言葉に動き、男が呼び出しを受けたころ、タレ込みした男は自らの趣味のために借りていたアパートで死体で発見された。口に自らの糞便を詰めて。果たして自殺か他殺か。
うひゃーこええー!
この事件に絞って本にしたらもっと面白かったのに、突如SM趣味のとある男の一生が挿入されたり、どうにも未整理の感が。
しかしネタ自体のいかがわしさで一気読み。
性的趣味は人それぞれ、それぞれのフェチはそれぞれ文化だとも思う。殺人映像を見てエクスタシーというのは許しがたい気持ちもあるが、そういう体になってしまった悲劇というのも確かにある。むう、人の業は深いものです。


11月26日

マンゴー・レイン
マンゴー・レイン


著者:馳星周
出版社:角川書店
発行:2002年9月30日
装丁:角川書店装丁室

せっかくサインもらったので図書館での予約を捨てて買いました。
今回の舞台はバンコク。相も変わらずどうしようもない最低な連中が最低な行為を繰り返してドツボに入っていきます。
自業自得以外の何者でもなく、同情の余地は全くないのに意外と感情移入出来て一緒に突っ走ってしまえるのが馳作品の不思議なところ。
ちりちりと脳髄が端から焦げていくような感覚が味わえます。
怒り、物欲、セックスといった誰もが持っている負のパワーを拡大しているからだろうな。


11月26日

第四の扉
第四の扉

LA QUATRIEME PORTE

著者:ポール・アルテ
訳者:平岡敦
出版社:早川書房(ハヤカワ・ポケットミステリ)
発行:2002年5月31日
装丁:?

さて、「フランスのディクスン・カー」といわれる著者のデビュー作。
密室殺人、幽霊のさまよう屋敷、降霊実験、足跡のない殺人、フーディーニ、など由緒正しい本格ミステリの小道具総出演って感じで、この古めかしさはとても87年発表の作品とは思えない。
そして思わず笑ってしまうほどの「人間の書けていない」小説である。
一時期本格ミステリを揶揄するときに必ず用いられたこの言葉がこれほど堂々と似つかわしい作品はめったにあるまい。
人間を他の小道具と同列の駒としてパズル要素的に用いるこの手の本格は決して嫌いではないのだが、この場合人間が書けていないだけでなく、キャラの書き分けが致命的に出来ていないので読むほうが非常に入り込みづらいわけである。
というわけで、面白くなくもなかったが、今書くんならもう一ひねりしてくれよ、という作品であった。


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