2003年10月


10月11日

夢は荒地を
夢は荒地を


著者:船戸与一
出版社:文藝春秋
発行:2003年6月15日
装丁:安彦勝博

船戸与一の新刊は、いつものパターンも払拭できず、「虹の谷の五月」のような新境地も開拓できず、どうにも中途半端なシロモノでした。
海外在住の、なにを考えているのか不明な日本人を核にした冒険、という意味では「山猫の夏」「伝説なき地」などのキャラとかなりかぶっていて、ワンパターン。カンボジアの地雷や教育問題の絡め方もむしろ物語から迫力を削いでいる。
パターン踏むならもっと開き直って殺戮の宴にして欲しかったな。


10月11日

海外ミステリ誤訳の事情
海外ミステリ誤訳の事情


著者:直井明
出版社:原書房
発行:2003年6月27日
装丁:松本美紀

タイトルどおり、海外ミステリの翻訳について細かく突っ込んだ本です。
どうも著者自身は翻訳を手がけているのではないようですが、よく気づくなーという細やかな突っ込みがなかなかいい芸になってます。
かなり痛烈に書いていますが、書名を挙げていない(つまり翻訳者の実名も出ない)ためか、著者の人柄か、それほどイヤミになっていません。いや、こっちとしてはもう少し実名挙げて強烈にやってくれたほうが面白いのですが。
ちなみに書名は挙げていませんが、帯の文句などを流用して微妙にわかるようにもしています。なら書いちゃえばいいのに。
しかし当たり前ですが、翻訳って難しいですね。そのとき流行っていたCMの歌とか使われちゃ分かりようないもんな。やたら聖書の言い回しのパロディとかもあるからそっちの知識も要るし。むむむ。


10月11日

クライマーズ・ハイ
クライマーズ・ハイ


著者:横山秀夫
出版社:文藝春秋
発行:2003年8月25日
装丁:大久保明子

ああ、もう、やられました。
横山秀夫、一体どれだけ傑作を書き続けたら気が済むんでしょうか。
御巣鷹山のジャンボ機墜落事件のときの地元新聞社の編集部の喧騒がとことんまでリアルにイキイキと描かれ、そのデスクとなった主人公の友人、家族の問題もわがことのように感情移入できるように描かれ、さらに隅々の脇役にいたるまで徹底的に立ち上げられたキャラを与えられ、すべてがぶつかり合って凄まじい熱をもったまま滂沱の涙が頬を伝うクライマックスへ。
あかんよ、もうこんなん。信じられない。傑作すぎます。
本年度ベスト1。です、今のところ。あーあ。


10月11日

あなたの人生の物語
あなたの人生の物語

STORIES OF YOUR LIFE

著者:テッド・チャン
出版社:早川書房(ハヤカワ文庫SF)
発行:2003年9月20日
装丁:岩郷重力

「クライマーズ・ハイ」でベスト1と断言した直後ですが、いやはやこれがまたよかったー。ベスト1クラスです(笑)。
これがデビュー作となるテッド・チャンのSF短編集ですが、まったくどれもこれも恐ろしいほどの面白さ。
ほとんどの短編でヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞、星雲賞などありとあらゆるSFメジャー賞を獲っている。おそろしや。
特に表題作「あなたの人生の物語」が白眉。いわゆる異星人とのファースト・コンタクトものだが、彼らの扱う言語の特異性に惹かれた言語学者の変遷、といえばありきたりに聞こえるな。
とにかくまずその異星人語のハードSFな描写が素晴らしい(どんなものかは説明しにくいので読んでください)。そして随所に挿入される言語学者のリリカルな語り口。その二つのパートがどう融合するのか。その融合の仕方が見えた瞬間の感動は、まさにこれぞSF!という全身総毛立つような圧倒的なものでした。久しぶりだーこの感覚!素晴らしい!
また「72文字」では、ファンタジーの道具立てで世界観を構築し、更にテクノロジーでハードSFを構築するという仰天の発想。
薬物使用で超越者と化した男の思考を描く「理解(いいタイトルだ)」もまた素晴らしい。 珠玉、という言葉がこれほどふさわしい短編集はめったにないだろう。
テッド・チャン、かなりの寡作作家のようで、次作が待ちきれません。


10月11日

鉄鼠の檻
文庫版 鉄鼠の檻


著者:京極夏彦
出版社:講談社(講談社文庫)
発行:2001年9月15日
装丁:FISCO
妖怪製作:荒井良

そろそろ年末ベスト投票用に新刊をたくさん読まなくてはいけない時期なのに、手を出してしまいました(笑)。
読むたびに意見は変わるのであまり当てにはなりませんが、やはりこの「鉄鼠」がシリーズ最高傑作かと(今回は)思いました。
京極夏彦のなにがすごいのかというと、要するにフィクションの範囲を押し広げた、ということに尽きるのではないかと思います。ここまでやっていいんだぞ、というような。
小説におけるフィクションというのは、(特にミステリにおいては)やはりある程度のリアリティが要求される。虚構はあくまで「現実」という基盤の上に構築されるもので、現実でありえないことを書いてしまうと、やはりしらける。
ところが、京極は虚構にこだわる。虚構の上に虚構を圧倒的な物量で積み上げていく。それはもはや「現実」という基盤すら必要のないくらい徹底的だ。現実は押しのけられ、虚構が支配する。そうなればもう無敵だ。なにをやってもいいのだから。
その思想がもっとも顕著に現れているのがこの「鉄鼠」だろう。
箱根山中の「あってはいけない禅寺」の虚構性は凄まじい。臨済曹洞黄檗の宗派を超えた禅僧大集結、そこで起こる連続僧侶殺人事件、という状況を得るためのみに構築された壮大な箱庭。殺された禅僧を繋ぐまさに仰天のミッシングリンク。
また、「禅」という不立文字を前提とする思想は、「言葉」を駆使する京極堂の最大の敵とも言える。彼が悲壮な決意をして黒装束で寺に赴くシーンのかっこよさを見よ!
いやはや、小説ってすごいもんだなあ、ということを再認識させてくれました。


10月20日

憤怒

fury

著者:G・M・フォード
訳者:三川基好
出版社:新潮社(新潮文庫)
発行:2003年10月1日
装丁:?

新潮社から新刊の仮綴見本をいただきました。よって表紙画像はなしね。
ときどき出版社から「イチ押し」という太鼓判とともに新刊をいただけます。
もちろん、自信があって本当にイチ押しだから、送ってくれるのでしょうが、どうもそのテンションとこちらの意見が噛み合わないことが多いのです。
「なんでこれがイチ押しなの?」って思うことしばしばです、正直。
これもそういう作品でした。面白くないわけではないのですが、どうにも新鮮味がなく、キレもない。
そろそろ年末ベスト投票を考えなければいけないのですが、新刊の海外ミステリをあまり読んでないのでこれから一気に、と思った矢先でくじかれました。
ま、しかたないか。


10月20日

ネジ式ザゼツキー
ネジ式ザゼツキー


著者:島田荘司
出版社:講談社(講談社ノベルス)
発行:2003年10月5日
装丁:戸田ツトム

新刊ミステリキャンペーン開始です。
さて、島田荘司の御手洗シリーズ最新刊。スウェーデンにいる現在の御手洗のお話です。 これが、かなり面白かったのです!
最近の島田荘司って、ヘンな理系志向が鼻についてて、ブレインサイエンスからのネタのつまみ食い的なものばかりで食傷気味でした。
今回も、幕開けがまさにそういう感じで、記憶を失った一人の男が書いた童話「タンジール蜜柑共和国からの帰還」をもとに、彼の記憶を取り戻そうとする「脳みそ系」でした。
ところが、その童話で語られる異常な事件がすべて実際にあった事件であり、その解決が記憶の再生につながる、というところから俄然往年の御手洗ものっぽくなってわくわくします。
その童話内の事件とは、主人公が死んでしまった恋人を揺さぶると、首がくるりと回転してコロコロと落ちてしまい、その首には巨大な雄ネジが生えており、体のほうにはそれがはまる雌ネジが埋め込まれていた、というもので、これが童話だけのファンタジーではなく現実にあったというまさに奇想天外なムチャな謎。
多少強引にもそれを実際御手洗が安楽椅子探偵的にすべて解き明かしていく様は圧巻。
ああ、これが昔の島田荘司の面白さだったんだ!と膝を打ちました。
よかったよかった。嬉しくなりました。


10月20日

鉤

THE HOOK

著者:ドナルド・E・ウェストレイク
訳者:木村二郎
出版社:文藝春秋(文春文庫)
発行:2003年5月10日
装丁:石崎健太郎

新刊キャンペーン中。
ウェストレイクは初めて読みます。
去年わりと売れた「斧」や、泥棒ドートマンダーシリーズ、リチャード・スターク名義での悪党パーカーシリーズなど、多彩に活躍しているのに、縁がありませんでしたね。
さて、これはノンシリーズです。なかなか面白かったです。
悪妻との離婚調停によるストレスですっかり書けなくなってしまった売れっ子作家ブライスは、二十年ぶりに旧友のウェインに出会う。ウェインは数作出版するも、あまり売れずに新刊を出してもらえない中堅作家。
ウェインには作品はあるが売れない。ブライスは売れるが作品はない。ブライスはウェインの作品をブライス名義で出版することを持ちかける。報酬は55万ドル。条件は、ウェインがブライスの妻を殺すこと――。
この取引から生じる二人の心理的葛藤、徐々に優位に立っていくウェイン、精神が崩れていくブライス。
上手いです。面白いです。ぐいぐい読めます。なんだかもう一味欲しい気もしますが、いいでしょう。
うん、ベストの候補に入れときます。


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