2004年11月


11月8日

ジョー・R・ランズデール
サンセット・ヒート

SUNSET AND SAWDUST

訳者:北野寿美枝
出版社:早川書房
装丁:ハヤカワ・デザイン
発行:2004年5月20日
ISBN:4-15-208570-3
定価:1500円

新刊キャンペーン続行中。
海外ミステリの読んでる絶対数が少ないのであわててフォローしているわけですが、なかなかいいのに出会いませんねえ。
これも、悪くはないんだけど、なんだか安直で乗りきれません。
1930年代のテキサスで、治安官である暴力夫をぶち殺した女性が、なぜか夫の母の推薦で治安官を継ぎ、偉いさんの不正と戦っていく話です。
ちょっと映画の「クイック&デッド」を思い出しました。
勧善懲悪で、乾いた感覚がそれなりに楽しいものでした。でもベストには入らないかな。


11月8日

法月綸太郎
生首に聞いてみろ


出版社:角川書店
装丁:小林昭彦+玉村絵夢
発行:2004年9月30日
ISBN:4-04-873474-1
定価:1800円

久しぶりですねえ。法月長編。
これって確か角川書店五十周年記念書下ろしだったんだよね、最初。
それが間に合わなくて延びに延びて、えーと、今はもう五十五年か五十六周年になってるんじゃないでしょうか(笑)。
病死した彫刻家・川島伊作の最後の作品は、自分の娘を直接象った石膏像だった。だが、その首は何者かに切断され、なくなっていた。
事件を秘密裏に処理したい関係者の意向で綸太郎が調査に当たるが、今度はそのモデルとなった娘の生首が届けられたのであった…。
というもので、いつもながらのきめの細かい、そこまで考えるか!という微に入り細を穿つ推理が見ものです。
直取りの石膏像ではどうしても目が閉じたものになってしまうという技法上のジレンマと殺人が上手くリンクして、なかなか鋭い佳品でした。
なんだかスムーズすぎる安定感が気になりましたが、完成度高いです。


11月16日

ホセ・カルソル・ソモサ
イデアの洞窟

La caverna de las ideas

訳者:風間賢二
出版社:文藝春秋
装丁:石崎健太郎
発行:2004年7月25日
ISBN:4-16-323190-0
定価:2095円

まだまだ続くぞ新刊キャンペーン。新造人間キャシャーンに似てるぞ。
うん、これは面白かった(キャシャーンじゃないですよ)!
古代ギリシャに書かれた「イデアの洞窟」という書を翻訳する主人公。
面白いのは、作中作「イデアの洞窟」がメインに進行しながら(その文章自体は主人公が翻訳したもの)、同時進行的に「注釈」として、リアルタイムで翻訳している主人公の呟きが随時挿入されること。
作中に秘められた直観隠喩的な描写の謎、やがて作品に改竄されたようなあとが見られ、作品と自身の行動が奇妙なシンクロを見せ始める。
ついには主人公は何者かに拉致され、監禁された状態での翻訳を強要される(その描写すら「注釈」の中で語られる!)。
次第にアイデンティティ・クライシスに陥る主人公。そのメタフィクションな構造が最後にはあっと驚く結末に。
これは面白かった。好きですね、こういうの。
これを日本語に訳した人も更なるメタ構造に放り込まれるわけで、不気味だったろうなあ。


11月16日

デイヴィッド・リス
珈琲相場師

The Coffee Trader

訳者:松下祥子
出版社:早川書房(ハヤカワ文庫HM)
装丁:ハヤカワ・デザイン
発行:2004年6月30日
ISBN:4-15-172853-8
定価:1000円

おお、これも面白いじゃん。
十七世紀アムステルダム。砂糖相場で財産を失ったユダヤ系ポルトガル人のミゲルは、酒場で知り合った未亡人に、まだほとんど市場に流通していない面白い商品がある、と相場師魂に火をつけられ、復活のための策を練る。
その商品とは「コーヒー」。
当時のユダヤ教徒の社会的地位や風俗などまるでなじみのないものだったが、かなりのリーダビリティでどんどん進む。
騙し騙されの活気溢れる株式市場の描写、絞り込んできっちり整理された登場人物。著者の小説家としての力をぐぐいと感じます。
ま、ミステリかどうかってのが微妙なんですが(笑)。


11月16日

雫井脩介
犯人に告ぐ


出版社:双葉社
装丁:岩瀬聡
発行:2004年7月20日
ISBN:?
定価:?

版元さんからの頂き物で、仮綴見本だったので値段がわかりません(調べればわかるけどね)。
最近この著者の名前、よく聞きますね。前作(?)、「火の粉」が話題になって、ドラマや映画になるそうです。僕は初めて読みます。
うん、なかなかいいですぞ(某カレー屋調)。
冒頭の誘拐事件捜査のディティールがかなり細かく、リアリティある展開に思わず感服。
しかしそれはあくまで前フリでしかなく、その事件で失敗し左遷された刑事が、数年後に起こった連続幼児殺人事件に駆り出され、自身の落とし前をつけるために戦う、というのが本筋。
マスコミをあざ笑う劇場型犯罪に対し彼が取った作戦は「劇場型捜査」。
一ニュース番組に自身の出演コーナーを作り、視聴者に協力を呼びかけつつ犯人からの接触を待つ、というもの。うーん、なかなかおもしろいぜ。
隙なく丁寧に練られたシナリオが好感度大です。なんかこれも映画化されそう。


11月23日

ジェフリー・ディーヴァー
魔術師 イリュージョニスト

The Vanished Man

訳者:池田真紀子
出版社:文藝春秋
装丁:木村裕治/斎藤広介
発行:2004年10月15日
ISBN:4-16-323440-3
定価:2095円

ベスト投票用の新刊キャンペーンはこれで打ち止め。
おなじみ寝たきり鑑識探偵リンカーン・ライムシリーズ最新作です。
つっても最初の「ボーン・コレクター」、二作目「コフィン・ダンサー」しか読んでなかったので間の二作飛ばしてます。特に問題はないらしいので。
今回の敵役は、リアル二十面相とでも言うべき「魔術師」。文字通りマジック、イリュージョンの達人で、瞬時に消えうせ、瞬時に早代わり。
そんないささか大時代な悪役設定と、いつもながらの超リアリズム鑑識分析ディティールとが見事に融合し、追いつ追われつのサスペンスが盛り上がる盛り上がる。
マジックの手法そのものをプロットに取り込み、何回ひっくり返したら気がすむねん!と言いたくなるようなどんでん返しのつるべ打ち。
ああ、そうだったのかー!と感心してからさらに五回くらいひっくり返されました(笑)。
ちょっとサービスよすぎて、しまいには若干破綻気味のところまで行ってしまったような。
まあしかし面白かったです。拍手。


11月29日

原ォ
愚か者死すべし


出版社:早川書房
装丁:?
発行:2004年11月?日
ISBN:?
定価:?

全世界待望の原ォの新刊。なんと十年ぶり。
あ、Macの人とか、この著者名ちゃんと表示されてます?寮からウ冠を取った字です。原リョウ。なんか普通の字じゃないみたいなので、一応。
あまり読んでなくて言うのもなんですが、日本はそもそもハードボイルド的な土台がなくて、なかなかこの分野で素晴らしいのがないのです。
どうしても海外のそのまんまパクリ風(パロディ寸前になってしまって下手したらギャグになる。矢作俊彦なんかがそうかな)か、逆に主人公に自虐的なハードボイルドキャラを背負わせてコメディぽくしてかわしてしまうか(関川夏夫原作の「事件屋家業」とか) 、それぞれにいいところはあるが、ちょっと苦しい二種類に大別できます。
ところがこの原ォは、真正面からハードにボイルされまくってるのに、なぜかバタ臭さも自虐もまるでなく、それでいてしっくりとわれわれに染みとおる世界を構築してくれたのです。これは凄い。震えました。
そんな原ォが、もともと寡作な人でしたが、「さらば長き眠り」から十年、ついに新刊を出したのです。
「秋に出るよ」と早川書房の人に聞いて、興奮して脚にすがり付いてお願いして発売前のゲラを頂きました(笑)。
……もうね、期待をまったく裏切らない、とてつもなく素晴らしいものでした。
原ォ、沢崎(主人公です)ともに健在。これだけで十分でしょう。
腹の底がふつふつ煮えたぎってくるような静かな感動。きっちりと構築された端正なプロット。素晴らしくストイックな描写。ミステリ部門今年のハカタベストです。


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