寸法マニアの部屋/妥協と見極め〜F6Fの巻

工業製品F6F

F6Fヘルキャットというと、日本では(世界でも?)大雑把で凡庸な性能の戦闘機という評価でしょうか。優美な零戦を駆逐した大きくて醜い敵役のイメージ。私の親世代ならば機銃掃射で怖い目にあった憎いやつ。こりゃあ人気でないな。もっとも最近はバトルマシンとしての再評価もされているようだが。搭乗するパイロットにしてみれば、でかくて厳つくてでも頼りになるやつだったのだろう。
形について言わせてもらうと、グラマンに共通した遊びの無さ、素っ気なさを感じる。言い換えると工業製品なんだから美しくなくてもいいだろうという割り切り。主翼にしても尾翼にしても直線を基調に角だけ丸めて一丁上がり。でも悪い癖もなく性能は一応の水準に達しているという手際の良さ。いやなかなかのものではないか。
ここでは入手した製造図を基に、作図しながらあまりこれまで触れられて来なかったポイントについてつらつら書きなぐってみましょう。有名機でも詳らかになっていないことが結構あるんだよ。

主翼

F6Fの主翼(図1)というと30m2にもなる大型のそれがすぐ思い浮かぶのですが、 内翼0°/外翼7.5°という上反角にも注目だ、おそらく主脚長を抑えるためだろうがコルセアほど無理しないのはグラ

図1.F6F主翼平面形

マン流。90°ひねって後方に引き込む主脚はフラップぎりぎりまで使っているので、なんとかうまく落としどころを見つけたという感じ。翼弦長はroot(機体中心部)で127in、翼端63in(w.sta252in)。よくわからないのは理論上の後縁に少し足して実際の後縁としている点でrootで+5/8in、w.sta75(上半角が切り替わる点&主翼折り畳み点)にて+7/16in、sta252inでは+0in。翼平面形は35%コード位置を一直線にした分かりやすい形だね。桁を2本に分けて桁間に機銃を搭載できるようにしている。変わっているのは主桁自体が後ろに倒れていることで、これは後ろに転んでいる翼折りたたみの軸そのブラケットを直接翼桁に取り付けるための処理だね。この翼折りたたみの回転軸がうまい角度で出来ていてリンク等を用いずに翼を蛾のように胴体にそって折り畳めるようになっているのだ。この辺りのメカ設計は手練の技なんだけど、ただ翼桁設計者は泣いただろうな。主翼の曲げ荷重が桁ウェブを倒すモーメントに切り替えられるので重くなってしまうのだ。それでも翼折り畳みによってスペースの限られた空母上に沢山搭載できるメリットを優先したわけだ。
翼厚はNACA23000系なのだけど、翼端(w.sta252)ではNACA23009(翼厚比9%)、w.sta75ではNACA23016(翼厚比16%)(図2)。

図2主翼断面(外翼)

ちょっと面白いのが内翼部分で、翼弦%毎の翼上下面座標は一定…つまり巨人が翼前後縁をつまんで引き延ばしたような感じ(図3)。よって正面から見た内翼の厚みは一定です。桁の製作を簡単にしたかったのでしょうか?厳密に言うとNACAのレポートが保証する翼特性にはならないはずだけど、問題ないことは風洞実験では確かめているのでしょうね。

図3,主翼断面(内翼)

ちなみにrootでの翼厚比は翼弦長が伸びた分だけ小さくなって14.65%となります。翼厚比については当時の戦闘機の標準的な値で、スピットみたいに頑張って薄く仕立てたわけでもなく、ハリケーンみたいに野放図に厚くしたわけでもなく、この辺もグラマンらしいね。
あと取付角も捩り下げもないので、作図はシンプルですね。それでも翼端失速の問題はなかったらしい。

 尾翼

図4.垂直尾翼

垂直尾翼については特にいうこともない普通の形ですが、前縁基部のフェアリングが若干大きめでドーサルフィン状なのは横滑り時のスピン対策でしょうか?この頃からドーサルフィンを付ける例が出始めますが、きっちり押さえるあたりやるねグラマン(図4)。次作のF8Fでは立派なドーサルフィンが奢られます。
かつてF6Fの水平尾翼は2種類あるなどとまことしやかに囁かれていたらしい(図5)。むろんそんなことはなくて1種類です。ただエレベータが基本的にテーパーなしなのに、水平尾翼本体はきつめにテーパーしているのでその取り合いで分割線が前進角を持つことになっているんですね。だからってヒンジラインに角度がついているわけはなくて左右一直線です。

図5.水平尾翼


尾翼断面の座標についての図面は見つからなかったんですが、その代わりリブ図面に縦横の目盛りが描いてあって、ひょっとして測り出せって言うこと? 学生時代に習った図面の作法とは違うのだけど、これがグラマン流なのかちょっとこのへん分かりません。
 
 

胴体

胴体の防火壁より後方については座標データがあったので正確な断面図が作図できたと思う(図6〜8)。

図6.胴体断面


図7.胴体断面


図8.胴体断面


胴体基準線は中央翼翼弦線を通る線を採っています。中央翼は取付角も上半角も捩り下げもないので分かりやすいね。防火壁部(sta-3.5)での胴体最大幅は 59-15/16in(1522mm)でR2800エンジンの直径(52in=1321mm)を鑑みても余裕を持っていますね。同じR2800エンジン装備機のP-47では防火壁部分での主翼取付ボルト間隔(≒胴体最大幅)が54.42in(1382mm)で、その差が性能の差になっている。閑話休題。飛行機の設計において余裕をどの程度見ておくかが悩ましいところで、日本機によくあるようにぎりぎりにやっちゃうと、当初のシナリオが狂った時に対応できないし、将来の発展性にも問題が出る。この狙いの正しさはR2600エンジン(直径55in=1397mm)で出発しながらいきなりR2800に事も無げに換装できたことで証明されていますね。あと技術的にも冷却の問題が出にくいかも。そういうところも含めて無難に纏めたといえる。F4Uのバックアップという出自だから技術的に攻めることは許されないわけだ。推力線はsta0にて基準線上方20-5/8inを起点とし3。ダウンスラスト(推力線が下向き)になっています(図9,10)。

図9.胴体側面


図10.胴体平面

問題はエンジンカウルから防火壁にかけての作図なのですが、座標データがつぶれていて読み取れない(あャー)。仕方なく図をトレースしたので精度はまあそれなり。ですが珍しいことに明らかに防火壁より前で最大幅が増加している(図11)。

図11.胴体断面

主翼より下部分で孕んでいるので、コックピットより前が膨らんでいるという訳ではないのですが、オイルクーラのダクトでしょうか?コックピットは胴体の丈が高くなることを厭わずに高く置き、何よりも着艦時の甲板がよく見るようにコックピットより前の胴体断面も肩の部分を極力削いでいます。この辺がグラマンの考える艦載機の形なのでしょう。後部胴体はメッサーのように分割線が縦に平行に並んでいるのですが構造は全然違う。聞くところによると当時のグラマン社には大型外板を整形する機械(スキンストレッチャー)を持っていなかったらしい。それが故に平板を曲げただけの2次曲面で3次曲面を近似すべく外板を細かく縦に分割している訳だ。これって必然的にリベットが多くなり量産向きとは思えない。それは分かっていてもグラマン社にとっての新手法にトライして時間をかけるより、それまで通りの手慣れたやり方を踏襲したのでしょうね。コックピット前側面の外板厚は0.051in(1.3mm)、後部胴体は概ね0.032in(0.8mm)、局所的に加重のかかる部分は0.064in(1.6mm)、リベットの頭が飛び出していても平滑度は高いように見えるのはこの値が効いているのでしょうね。ちなみに紫電改では1mm〜0.5mmです。

追伸

まだまだネタはあるし書きたい(描きたい)こともあるんだけれど、とりあえず今回はここまで。次回に乞うご期待。