古本探偵団(1930〜)

図1:96式艦上戦闘機

 

図2:Ju86

 

図3:FK55

 

図4:FK55

  

アサヒグラフ臨時増刊 列強の空軍

東京朝日新聞発行所刊 1937年(1円)

ヒトラーの本気

この時代というのは、日中間で1937年7月に盧溝橋事件に端を発した日中戦争が起きたり、ドイツでも1935年にベルサイユ条約を破棄したりして、いよいよきな臭くなりつつあった時期なのです。一般市民にも戦争がリアルに感じられたのでしょう。だから「列強の空軍」なんですね。技術的には各国がWW2の標準といえる単葉、金属モノコック構造、引き込み脚といったイノベーションがほぼスタンダードとなった時代で、本の内容を見るとそれはよく分かります。各国の状況が伺われるのが興味深い。まず日本。まだ機体名が全面的に伏せられる前なので飛行中の96式艦上戦闘機(図1)がページを飾っています。全長〜全幅といった情報も掲載されているけれど、すでに旧式となった95式艦上戦闘機にはエンジン名、馬力(寿2型460馬力)や最高速度(約350km/h)まで書いてあるのに較べるとちょっと隠されているなって感じ。さらに南京空爆していた96式陸攻は“我が海軍の荒鷲”となっています。平和な話題もある。「神風」の東京〜ロンドン記録飛行でして、1937年4月6日に立川飛行場からロンドンまで94時間17分56秒で「神風」(=97式司令部偵察機)が飛行し、FAIにより正式に世界記録として認められたというものです。朝日新聞社有機ということのわりには扱いは控えめ(1ページのみ)ですが、当時の日本はもの凄い盛り上がりだったらしい。次のページの航研機は記録樹立前だったので、記録への期待が述べられているのみです。アメリカのページでは白眉はYB-17ですね。金属モノコックのなめらかな機体に引き込み脚の大型高速機は断然図抜けています。ただそれより注目すべきはこのような機体を量産できる(しつつあった)というアメリカの実力だ。他にも工場にずらっと並んだDC-3の写真もある。後は一見地味だけど排気タービンに与圧キャビンを装備したロックヒード(本文ママ)・エレクトラ試作研究機。後年それらの技術により高々度飛行を可能にしたB-29に、有効な迎撃を行えなかった日本の残念さを思うに、工夫で何とかなる記録飛行に狂喜するより、基礎的な技術の研究に意を注ぐべきであったと今更ながらに思うね。ハリケーンの写真はあるのにスピットファイヤの写真(巻末の読み物のページに小さい写真のみ)がないのが?である以外にイギリスのページは特記すべき物が考えられないので跳ばして、ドイツのページへ。Ju86(図2)、Do17、He111といった近代的な爆撃機群、ヒトラーは本気ですね(実際そうだったわけだけど)。戦闘機は採り上げられてないのですが、実際は既にBf109は量産に入っているし、それを知らなくてもこれだけ革新的な機体を設計/製造できるのだから革新的な戦闘機を作りうるのは容易に予想できるところだ。ちなみにドイツ戦闘機については巻末の読み物のページにハインケル単座戦闘機云々との話があるが、He112のことかな。とにかく当時の日本ではBf109はまだ知られていなかったようです。それに較べるとフランスは、うーんと言う感じ。ポテーズ54、ドボアチン510、ファルマン420等々、固定脚だったり、翼が片持ち式でなかったりいかにも時代遅れ感が漂う。経済的な問題や政治の問題があったようですが、やっぱりしっかり準備(軍備)しておくべきだったね。この本を見た当時の人もフランス大丈夫か?って突っ込みを入れていたりして。あとは小ネタ。オランダのページにコールフォーヘン(本文ではクールホーベン)FK55(図3)という戦闘機。重心部にエンジンを搭載し2重反転プロペラを廻すという機体。正面から見た写真は蛾のようで不気味かっこいい。側面は頭でっかちで垢抜けないんだけどね(図4)。もちろん物にはならなかった。追伸。この本の約2年後に「列強の空軍」の2冊目が出た。航研機は世界記録を樹立し、Bf109は採り上げられた。ただ日本機についてはそれまで公表されていた物も含めて全面的に名前が伏せられました。