寸法マニアの部屋/楕円翼の憂鬱〜Spitfireの巻

いきなり細かすぎる話ですが

以前から疑問に思っていたのですが、世間(?)の人は、スピットファイアについてよく知らないのではないか?例えば零戦ならば図面集などが出ており結構細かい形状まで分かるのですが、スピットについてはステーションダイアグラム(各フレーム間隔)について述べられたものですら皆無だった(私の知る限り)。戦勝国の飛行機なのに不思議だよねえ。これは各資料本の元となるマニュアルに載っていないというのが主たる原因だろう。これが英国流なのか極力流麗なイラストで説明してあって、寸法云々には重きを置いていないのだね。で、スピットといえば楕円翼である。ここから話はいきなりややこしいところに突入するのですが、楕円的にテーパーした翼弦長に比例して翼型が定義されるならば、その翼厚分布は当然楕円的になるはずである。主桁のフランジも直線ではなくなる。本当にそうなの?作りにくそうだね。そんなことがずっと気になって仕方なかったんだ(世界中で俺だけだと思うけど)。勿論、プラモデルを作るという目的のためと考えるならばまーったくと言っていいくらい必要のないことなんだけどね。時代はITである(何?)。よい時代になったもので、スピットの製造図面を売ってくれるサイトがあるのだ。これはすごいですよ。戦時中ならば極秘データだ。俺はスパイか?銃殺刑か?閑話休題。そこで入手したデータを元に長年の疑問を解明してみよう。対象はMk14(カットバックタイプ)を中心に他のタイプについても出来るだけフォローしてみよう。

主翼

図面といってもメーカーの書庫の原図をスキャンしたものではなくて、青焼きの図面をスキャンしたもののようだ。ということでかすれやゆがみがある。入手した主翼座標図面も文字がつぶれていて悩ましい。不完全な情報から全体を推測するという行為は、何かしら遺跡を発掘する考古学者のような心境である。ちとオーバーか?で、結果は図1を。

図1.主翼


ルートコード(機体中心の仮想)実長はぴったり100インチである。どういう訳だか「精密図面を読む[1]」(酣燈社刊)では103インチとしているし「MODEL AIRPLANE NEWS」のNYE氏の図面では102インチとしています。
翼厚比はルート(機体中心の仮想断面)で12.98%、翼端(エルロンの外端=21番リブ)では7.65%です。変化の度合いは前に述べたように非線形に変化していて、前から見る翼厚分布はわずかにふっくらしたカーブを描きます。
翼型はNACA4字シリーズですがmaxキャンバー位置を20%にしています。ということで翼座標は計算できます。主翼の基準線は主桁(左右一直線で胴体基準線に直角)の中心に採っています。取付角はルート〜上反角始まる点まで2°、21番リブで-8'のねじり下げ。捻り下げ角は翼幅方向にほぼリニアに変化しているのですが、コード長が楕円分布なので前後縁線は緩やかなカーブを描いています。この当時の機体では零戦の主翼が複雑な形状(サインカーブ状の捩り下げ、一様でない翼厚分布)で有名ですが、スピットもなかなかな物ですね。
主翼取付基準点は機体基準線から25.0インチ下。上反角は基準線で中心から31インチの点から6°。上反角というと前縁を基準として描いている図面をよく見ますが、大抵どこかにある図面上の基準線に対して定義されることが多いようです。まあほとんど変わらないんですが。あと上反角が切り替わる点で前後縁線に不連続が生じるはずですが2番リブと3番リブの間で吸収している(誤魔化している?)ようです。主桁位置はルートで24.5%で前述のように左右一直線。最大翼厚近くに主桁位置を取っているのは桁ウェブの高さを大きくして(断面2次モーメント)構造を楽にするためですね。機銃取付との兼ね合いで必ずしも構造に最適な位置に主桁を置けない場合(Fw190なんかかなり前方に主桁を置いている)もあるのに楕円翼のおかげでうまく纏めています。
とにかく簡単な直線が少なくて当時の製図工は大変だっただろうなと言うのが感想ですね。作るにしても主翼前縁は翼端まで継ぎ目なしの一体成形で、大型のスキンストレッチャーか職人の手叩き出しかイングリッシュローラーでしごいたか、いずれにしても手間暇かかっています。低高度型(LF)、高高度型(HF)、翼面積を拡大した21型以降についてはまた後日。

 尾翼

ご存じのように垂直(図2)/水平(図3)  
ともに主翼に合わせた曲線で形作られています。おそらく性能的には直線でも問題がないはずですが、これも設

図2.Spitfireの垂直尾翼(14型)

計者(ミッチェル)のこだわりなのでしょう。面積や位置は計算で決められますが、形状は感性の問題で、零戦の堀越二郎氏も垂直尾翼形状はデザイン的に決めた

図3 Spitfireの水平尾翼(14型)

というようなことを書いておられていたように記憶しています。主にコストダウンのために今日では尾翼は直線でまとめるのが常識のようになっていますが、味気ないような気がしますね。ちなみにグリフォンの猛り狂う様なパワーに抗するため垂直尾翼面積は増積されていますがそれでも不足で離陸時にフルパワーにすることは禁止されていたとのこと。これ以降も増積されていきます。

胴体

前にも書いたようにカットバック型なのでスピットらしいファストバック型が好きな人はごめんなさい。図4〜6参照。

図4.胴体側面

でもファイヤウォール(5番フレーム)から垂直尾翼ヒンジラインまでは長さが245inで不変です(多分)。

図5.胴体平面

主翼は曲線が多い構造なのですが、後部胴体上部は12番フレームから18Aフレームまで、下部は15番フレームからラダーヒンジまではきっちり直線です(特に直線(straight)だと書いてある)。結構ビジネスライクに纏めているという感想です。追伸ですが、改めて調べたところファストバック型では、風防からつながるラインの流れと水平尾翼取り付け部との兼ね合いで(と思う)、ごく緩いS字カーブを描いています。機首はマーリンエンジン搭載型ではエンジンも含めて機首のラインを纏めるようにしていたようですが、グリフォン搭載に際してどう見てもシリンダーヘッドが飛び出すのでそれを無視してラインを纏めて後からそれにシリンダーヘッドをクリアするバルジを載せる・・・というコンセプトのように思えるんだけどどうでしょうか?空力とは別の次元で力強さを体現したような機首です。グリフォン搭載に際して機首長自体も伸びてエンジンも重くなっているしプロペラも5翅だし、かなりノーズヘビーになったはず。

図6.胴体断面

Fw190Dだと後部胴体を500mmストレッチしているし、飛燕2型だと130mm前方へ主翼位置を動かして重心補正していますが、スピットは垂直尾翼にバラストを積むという有る意味安直な解決策をとっているんですね。Y軸/Z軸周りの慣性モーメントが大きくなって操縦性に悪影響が出ますが、それよりも戦争に間に合わせることを優先したんでしょう。閑話休題。グリフォン搭載に伴いもう1つ、2°のダウンスラストがつきます。「精密図面を読む[8]」では1.5°となっている。Why?エンジンバルジ/フィレットを除く最大幅はファイヤーウォールより1つ後ろの6番フレームで34.1in。同じく精密[8]では42inとなっていますがフィレットを含んでいるのかなぁ。

追伸

新規入手した図面より全長について考察。 仕様をまとめた“MISCELLANEOUS AIRCRAFT CHARACTERISTICS”という図面(一覧表)によると、I,II,Vの全長は359inで共通なんですが妙にラウンドナンバーだし、スピナが数種類あるのに一定とは?だ。で、細かい話に突入するのですが、しっぽからいくと丸尾翼のラダーヒンジ〜後端(ラダー弦長、尾灯含まず)は21.5in、胴体5番フレーム(防火壁=STA5)〜ラダーヒンジまで245in(前述、これは全スピット共通)、機首長(1段スーパーチャージャーマーリンエンジン用)は71.78in(ただしスピナ含まず機首先端より〜STA5、実はマーリン型のSTA0は機首先端より0.22in前の仮想の位置でSTA0〜STA5は72in)、スピナと機首の間隙は0.4inですべて足すと338.68in。それで残ったスピナ長はどうなるのか?という話に突入するのですが、これが分からない(泣)。スピナはプロペラとセットでベンダー(ロートルとデハビランド)から納入されるようで、スーパマリン社はI/F仕様書を示すだけなんでしょう。だからスピットの図面にはちゃんとしたスピナ図面はない(多分)。多分20in程度のスピナ長を想定してラウンドナンバーでノミナル全長を359inとしているのではないか?20inスピナとすると全長は358.68inということになります。Vのとんがりスピナだともう少し長くなりますね。VII,VIII,IX,XVI(2段スーパーチャージャーマーリン搭載型)はというと、ラダー弦長は21.5in(Vまでと同じ丸尾翼)、とんがり尾翼は26.64in(+5.14in)、機首長は10.64in伸びて82.42in(仮想位置のSTA0〜STA5)、プロペラ間隙は0.4inで足すと349.32in(丸尾翼)、354.46in(とんがり尾翼)ということになる。悩ましいのは前述の仕様図面ではVII,VIII,IXの全長は375.5inで一定なんですね。明らかに尾翼は2種類有るのに。で、差(計算上のスピナ長)を取ると26.18in(丸尾翼)、21.04in(とんがり尾翼)となる。さあ困った、どう解釈するか?私案としてはパワーアップの前提としてとんがり尾翼がデフォルトであり、スピナ長は最初の仕様書を引きずり20inのままとすると近いところになるね。はたまた初期計画では丸尾翼でスピナは4翅ペラが前提(パワーアップだから)のロングスピナ(≒26in)で0.5in単位で丸めて375.5inでありましょうか?写真で検証するとスピナ長は大体26inくらいです。とすると全長は375.32in(丸尾翼)、380.46in(とんがり尾翼)ということになるね。Xの機首の作図をしました(図7)

図7.Xの機首

。XII(1段スーパーチャージャーグリフォン搭載型)は機首の形が変わり2°のダウンスラストがつきました。機首長(スラストラインの先端部分がSTA0で、そこからSTA5までの距離)は76.2in、ラダー弦長は26.64in(とんがり尾翼)のはず、でスピナを除く全長を計算すると348.24inになる。仕様図面の全長は382inなので計算上のスピナ長は33.76inになる。ですがシーファイア15のレストア機の写真から推定するにスピナ長は32.3in程度なのでXIIからシーファイア15になる過程でスピナが変更になったのかな。更に調査をします(図8 )。XIV(2段スーパーチャージャーグリフォン搭載型)は機首長が87.672in(11.472in伸びた)、尾翼は大型化したけどラダー弦長は26.64in、でスピナを除く全長を計算すると359.712inになる。仕様図面の全長は392inなので計算上のスピナ長は32.288inになる。え、XIIよりもスピナ長が短い???シーファイア15の推定値にほぼぴたり。ちなみにXIIとXIVでは機首長さが違うだけでなく微妙に形状が違います。結論としてはよく分かりませんと言うことになるね(汗)。くどくど書いて世間を悩ませただけかも知れない。ま、例によって殆ど誤差の範囲の話なのですが。誰かスピナの実測値知らないかな?

図8.胴体側面