古本探偵団(1970〜)

 

不滅なり・大空の狙撃兵 戦闘機 隼

碇 嘉朗著 広済堂刊 1977年(580円)

老エンジニアの魂の叫びが込められた痕跡本

文庫本の体裁で大体同内容の本が今でも買えるので、特にここで採り上げることもないのですが、古本市でぱらぱらめくっていておっと思うことがあったので購入。こういうのは巡り合わせだよな。タイトル頁にに赤いペンで、前オーナーの走り書きが!(これがおっと思ったところ)どちらかというといわゆる檄文のノリだな。曰く“キ43「隼」に使用された機体用超ヂュラルミン鈑およびヂュラ製ハミルトン型プロペラは神鋼製であった。後に陸海軍共各エンヂン用シリンダー、クランク軸、ピストン、ピストンロッド、クランクケースも加はり、尚搭乗員用鉄帽、背当用防弾鋼板、脚部品(但しオレオ緩衝器は萱場製作所)は勿論のこと鋼製品及び(鋲鋼品、薄肉鋳鋼品、マグネシウム合金も加はる)軽合金に関しては殆んど大部品の材料を神鋼も担当しその増産に死物狂となった。有名な海軍の中攻が米軍より「ライター」のニックネームがつけられ直ぐ燃えたのも重量軽減の為マグネシウム合金を大量に使用した為であった。勿論、このマグネシウム合金は神鋼製であった。このパターンは陸海軍を問はず終戦迄続き、戦後米太平洋戦略爆撃調査団が来社した際提出した報告書にもその旨明確に記載された。各飛行機工場に対する材料の一元的供給工場となったのである。これは住友金属も同様であった。(但しピアノ線及び機関銃用ばね材料は神鋼一社のみであった)。往時を省みて。人生はやり直すことができない。だけど見直すことは出来る。(若き日の思い出である。)”とある。若干手前味噌の感や事実誤認もありますが、その内容や旧仮名遣いから推察するに前オーナーは恐らく戦時中、神鋼の技術職にあった人なのでしょう。戦闘機や戦艦ばかりがもてはやされるが、その材料を作った俺たちにも何かいわせてくれ、伝えておくべきことがあるという思いはひしひしと伝わります。今のようにネットという個人メディアのない頃、思いを本に落書きするしかなかったのでしょう。同時に購入した同出版社の「幻の秘密兵器」(木俣滋郎著)にはたぶん同じ元オーナーの手でもっと赤裸々に落書きがしてある。ジャングルを切り開く為の伐開車についての戦車の老舗三菱という記述に対して“老舗というほどのものではなく(現在から見ればそうだが)三菱も戦時に入ってから作り始めたのである。むしろ試作車は神鋼の方が早い”とあり、また伐採した木を押しのける伐掃車について“4式作業車。(ジャングル戦用)神鋼も製作。神鋼のものは大木を切倒する前面に円盤鋸をつけた”とのこと。更に98式軽戦車について“95式と同一性能で機構を複雑にしただけ、戦車雀の間でも悪評が高い。エンヂンは95式よりも高級化(例えば予燃焼室がつく等)したが、実際の取扱いは95式よりも面倒で第1線では評判が悪かった。実用性はむしろ95式の方が良好であった。(生産面からも、98式は理論倒れ)”とあり、98式戦車が三菱で約100輌が作られたとの記述に対して“神鋼も制作した(むしろ多い位)”などと実務者でないと分からないような記述がある。私は戦車について詳しくないのですが、この話はあまり採り上げられていなかった話であると思える。ひょっとして埋もれていた新事実というやつか?専門家の研究を待つ。そのほかにも風船爆弾用の移動式水素発生車や一式47ミリ対戦車砲を神鋼が生産したとの記述がある。ともあれ彼の思いは、不謹慎で軟弱ものの私が主催する拙サイト上ではではありますが、しっかりと受け止めました。で、本の内容ですが、歴史、技術、運用などにわたって良く書かれています。「隼」について知りたいなら真っ先にお奨めできるでしょう。