2004年3月


3月14日

エリオット・パティスン
霊峰の血(上・下)


BONE MOUNTAIN

訳者:三川基好
出版社:早川書房(ハヤカワ文庫HM)
装丁:ハヤカワ・デザイン
発行:2003年3月20日
ISBN:4-15-172355-2(上)/4-15-172356-0(下)
定価:800円(上)/800円(下)

「頭蓋骨のマントラ」 「シルクロードの鬼神」に続く、待望の単道雲(シャン・タオユン)シリーズ最新作です。
前作。前々作はもうワクワクしながらむさぼり読んだものでしたが、今回は…んー今ひとつでしたね。
長大さに比して謎が小粒。というかもはやそこ(ミステリ的要素)に主眼はないみたいで、中国からの理不尽圧政というチベットの現状や、チベット思想の素晴らしさを讃えよ、みたいな感じで自己再発見ロードノベルという感じになってきてます。
原文なのか翻訳なのか(おそらく前者)、どうにも誰が何したのかわかりづらい文章もあって乗り切れませんでした。
もう少しコンパクトにまとめてくれると面白かったと思うんですが。残念。


3月14日

森達也
世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい


出版社:晶文社
装丁:岩瀬聡
発行:2003年4月20日
ISBN:4-7949-6567-2
定価:1700円

いやーいいですねえ。まずこのタイトルが素晴らしい。これだけでなんかこう、ぐっときませんか?
「A2」公開、アメリカ9.11テロ前後に書かれたエッセイを中心にまとめた本です。
「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」はずだけど、今はそうじゃない。でも、希望は捨てない、という真摯な思想が文章の隅々にまで染み渡っていて、とにかく切なくなります。
「他者に対する想像力を」「主語を自分にして語ろう」
何度も繰り返されるこの呼びかけは、今の日本にはとても届かない、そしてその現状こそにドキュメンタリー作家としての森達也の存在意義があるという哀しいジレンマ。
偉そうに上から見下ろして批評するのではなく、あくまで自分の問題として語るから胸に深く刺さるのです。
学生時代に演劇をやっていた森の、映画方面への意外な交友関係も垣間見れて面白い。
林海象とは二十年来の付き合いで、林のデビュー作「夢見るように眠りたい」は当初森達也主演の予定だったとか(急病でキャンセル、代役で主演したのが佐野史郎)。
そのあたりの交友を描いた自伝的青春小説「池袋シネマ青春譜」もちょうど昨日発売されました。これまた面白そうですね。


3月26日

山本弘
神は沈黙せず


出版社:角川書店
装丁:大路浩実
発行:2003年10月31日
ISBN:4-04-87347-9
定価:1900円

トンデモ本シリーズで有名な、と学会の会長さんのSF小説です。
もともとライトノベル系の作家であり、軽快で読みやすい文体はそのあたりでの経験でしょう。
遺伝的アルゴリズムにより自己進化したコンピュータソフトを開発した、主人公の兄が、「神の実在を科学的に発見してしまう」というのが端緒です。
トンデモ系で蓄積された知識を元に、UFO、UMA、超能力、ありとあらゆるトンデモ現象をすべて内包した大理論を展開し、スケールの大きなSFを創造しています。
細かいガジェットが楽しい近未来描写もなかなかいかしてます。
ただ、部分部分が面白いのに、全体像となると、これがどうも今ひとつ盛り上がらない。
皮肉なことに、このことが、この作品の根幹のテーマにも関わっています。
人類が、グローバルブレインとしてゲシュタルト構造をつくりだしている、というような。
総じてなかなか面白かったと思いますが。


3月26日

坂木司
青空の卵


出版社:東京創元社
装丁:石川絢士
発行:2002年5月30日
ISBN:4-488-01289-2
定価:1700円

いわゆる「日常の謎」系の本格連作ミステリです。
提示される謎とその解決はきわめて端正で、優しい作風とあいまって気持ちいい世界を作り上げています。
大きな流れとして、探偵役のひきこもり青年、鳥井君を外の世界に連れ出そうとする親友の坂木君の交流があるのですが、少しそのあたりに違和感を感じました。
というのは、鳥井君というキャラが通常われわれが考えるようなひきこもりではないからです。
彼は在宅プログラマーとして自立しており、多少精神面に不安定さがあるものの、人とあまり接するのが得意でないだけで社会人として充分普通の人じゃないの? そんないい大人を「ひきこもりだ」って無理に連れ出そうとしなくても…と思ったのです。
しかし、読み終えて著者の意図がすこしわかったような気がします。
今、この世の人と人とのコミュニケーションでなにが足りないのだろうか、と考えたときに、坂木氏は「おせっかい」じゃないか、と思ったのではないでしょうか。
敬して遠ざける、という現代の「俺は俺、君は君」的なドライな人間関係に対し、あえて積極的に他者に介入していく、そういう意識の大事さを考えて、鳥井と坂木コンビを創ったのではないか、と思うのです。
このたびこのシリーズも三冊目で完結したようです。順を追って読んでいきましょう。


3月26日

森達也
下山事件


出版社:新潮社
装丁:新潮社装幀室
発行:2004年2月20日
ISBN:4-10-466201-1
定価:1600円

一九四九年七月、まだGHQの統制下、「戦後そのもの」の時代、初代国鉄総裁・下山定則が国鉄線路上でバラバラの轢死体となって発見された。
共産化が著しい労働組合の突き上げに対し、大量解雇を宣告した直後だった。
死体は死後に線路上に置かれたもの、との鑑定結果が一度出たにもかかわらず、早々に自殺とされ、捜査本部は解散。
疑惑は一人歩きし、共産主義者の仕業、日本の共産化を憂慮したGHQの陰謀、などさまざまな説が乱れ、そのシモヤマ・ケース・ウィルスは、時を越え、事件関係者を祖父に持つ男と知り合ったことにより、森達也を感染した。
今の日本と日本人の方向を決めた重要な事件と認識した森は、ドキュメンタリーとして製作することを決意し、取材を開始する。
本書はその顛末をすべてさらけ出した、卓越した事件ノンフィクションでありながら、森達也個人の慟哭を内包した偉大な文学作品でもある。
半世紀前の事件。関係者は次々と亡くなっていく。森はあきらめない。
ついには佐藤栄作の関与の可能性にまでたどりつく。

ドキュメンタリーは通常、客観性を排除するという常識がある。
森は、それは自分が調べた事実、掘り返した過去に対する責任放棄であると考える。
だから、彼は常に主語を自分に置く。「自分」がなにを聞き、「自分」がどうしたのか。
そして「自分」がどう変わったのか。すべてさらけ出す。
そこに、森作品すべてに通じる叙情的な文学性が宿り、魂に切り込んでくるような感動が生まれるのだ。
「君」はどうすべきか。森達也のペンは、キャメラは、すべての人をまっすぐに見据えて、その問いを突きつける。


[書評部屋トップへ]

[トップへ戻る]