古本探偵団(1940〜)

  

陸軍画報

陸軍画報社刊1943年12月号(40銭)

御用雑誌の極み

陸軍省後援とあるのでもろに御用雑誌ということでしょう。特輯(注:特集のことです)・航空總力戦ということで購入しました。陸軍が航空戦についてどう考えていたのかが伺えるかなと思ったのですが・・・巻頭は陸軍軍人を招いての座談会。戦況打開には航空決戦に勝たなければならないという座談会のテーマは妥当なものだけれど、これがねえ、何というか、オヤジがいい湯加減で放言している感じなんだね。例えば、アメリカの基地にはラジオロケータ(=レーダー)があるけれど、“人間だから一寸気を休めたところへぱっと行く”なんて、何を言っておるのかね君は。いや泉下の人の過去の言動をあげつらっても仕方ないけれど、絶対勝てる作戦を立案して粛々と遂行するのがプロの軍人でしょ。日本軍には真の意味でのプロの軍人は少なかったようです。後は昭南(シンガポール)に捕虜を使って滑走路を設営しようとしたときに、(ブルドーザを使って)5、6人で出来ると言われたという話が出てくる。これ当時では結構有名な話なのでしょうか。「20世紀のエンジン史」(三樹書房刊)でも似た話が取り上げられていた。また当時米軍の重要な機密であったらしいノルデン式爆撃照準機の仕組みと能力についても話題になっていて、正直に“当たると思う”との意見が。その流れで訓練でカンを養成するのでなく技術で補うようにすべきという意見については、珍しくマトモだなと共感できた。いやこの座談会は兵站や科学技術の重要性が語られていたりしてまだマトモなんです。ほかの記事は過剰な精神主義や自己犠牲の賛美(学徒動員が始まったんですね)、楽観的すぎる見通し等々、今となっては読むのはきついっす。訓練学校(鉾田)の取材で教官が“弾の数だけ敵をやっつけてこい。それだけやっつければ死んでもよい”なんて言っている。これ所謂いい話の流れで語られているんですね。全体を通して召集前の若い世代に向けての編集のようだと思われる。みんなこれに鼓舞されて戦地に赴いたのだろうか。
画報という割にグラビアページは無し。なんだかなあ。