古本探偵団(1940〜)

図1:ロケット式機

 
 
 
 
 

新航空国民読本

内閣印刷局刊 1942年9月10日発行(30銭)

陰謀ではなく正義だった

情報局編というからお上謹製の出版物ということなのだ。情報局というのは政府直属のプロパガンダを目的とした機関な訳で、国家的陰謀のもと印刷され国民に配布され洗脳に供されたヤバい印刷物か・・・と左翼の人は色めき立つかもしれない。が当時はこれが普通で誰も疑問を持っていなかった訳です。刊行のことばという項で、“大日本帝国の興隆を期するためには、國民全体が、より一層航空への関心を深め(中略)世界に比類のない航空機や航空要員をもたなければなりません”なんて書いてある。正直ですね(笑)。で、内容ですが、まず國民航空という概念が提唱されている。これは要するに、國民にとりわけ少國民に航空機に対する知識と訓練を浸透させることで航空戦力の原資(パイロット、航空機生産)とするということのようだ(本文を読んでの私の理解)。これがこの本の基本コンセプトになっている訳で、皇国臣民ならば航空機についての基本的な知識を勉強しておきましょうということです。B6判の小冊子なのは携帯しやすさを考えてのことかもしれない。
陸軍航空本部、海軍航空本部、航空局、中央航空研究所等の協力で刊行されたそうで、軍人さんの書いた章は例のレトリックでうざったいのだけど、学者の先生の書いた章はかなりマジに書いてあって教科書にしてもいい出来だ。飛行時の力の釣り合いなんて高校の物理の素養がないと理解しがたいかと思われますが、どれだけ伝わったのかな。とにかく揚力、抗力といった物理的な用語から応力外皮構造とかファウラーフラップといった技術用語までも解説してあるのです。
項で「滑空機」を紹介したときに戦前の日本では学生のグライダー訓練が盛んだったというような話をしましたが、これも國民航空のからみであったようで、“かねて國民航空の重要なことを痛感していた政府では(中略)大日本飛行協会が生まれるに至りました”とあり、この大日本飛行協会が政府の代行機関として学生のグライダー訓練を司っていたんですね。あと文部省でも中学生にグライダー訓練を正科としたそうです。そしてグライダーが終わったら次はエンジン付きの飛行機な訳で、陸海軍のパイロット候補生になる方法もちゃんと書いてあります。
ネタ的に面白いのは発動機の解説で、将来のエンジンとしてジェット(ロケット式)機も示してある(図1参照)。厳密にはピストンエンジンでコンプレッサーを駆動する所謂モータージェットですが、なかなかセンスよくてちゃんと1950年代のジェット機のデザインになっていますね((ハンター+F-84)/2ってかんじ)。
入手した本には何と大阪商工会議所(!)の蔵書印があるのですが、結構公的な機関に配布されたんだろうか?航空機についての知識を国民に流布するという目的は結構達成されたんじゃないかと思う。